Vaundy「まぶた」歌詞の意味を考察|なぜ目を閉じることで分かり合えるのか?

相手を理解したいのに、顔を見て話すほど気持ちがすれ違ってしまう。そんな経験をした人に、Vaundyの「まぶた」は静かな問いを投げかけます。

人と分かり合うためには、相手をよく見ることが大切だと思われがちです。けれど、この曲は「見る」という行為をいったん休めることで生まれる理解に目を向けています。

タイトルの「まぶた」は、何を象徴しているのでしょうか。

本記事では、Vaundy本人が明かした制作背景を手がかりに、歌詞に描かれる悲しみや人との距離を考察します。制作背景について確認できる事実と、そこから広げた解釈を区別しながら読み解いていきます。

「まぶた」はどんな曲?『女神の教室』のために書き下ろされた主題歌

「まぶた」は、2023年1月10日に配信リリースされたVaundyの楽曲です。作詞・作曲をVaundyが手がけ、北川景子主演のフジテレビ系ドラマ『女神の教室〜リーガル青春白書〜』の主題歌として書き下ろされました。

ドラマの舞台は、法律家を目指す学生たちが通うロースクール。法律を学ぶ過程で、それぞれ異なる事情や価値観を持つ人間と向き合う物語です。

「まぶた」の着想にも、このドラマのテーマが関わっています。

タイトルの意味は、テミスの「目隠し」が手がかり

Vaundyは公式コメントで、法の女神テミスの目隠しから発想を広げたと説明しています。人が本当に分かり合うとき、一度目を閉じる。そのとき自分の前にあるまぶたと、その行為が持つ意味を楽曲のテーマにしたそうです。

また、ドラマの公式紹介では、目を閉じたテミス像に、富や権力の違いによって人を扱い分けないという意味が重ねられています。

この制作背景を踏まえると、タイトルには、目に入ってくる情報から少し離れ、相手を捉え直すための時間という意味を見いだせます。

肩書き、表情、話し方、世間からの評判。私たちはさまざまな手がかりを使って人を理解します。その一方で、手がかりの少なさを忘れ、相手のすべてを知ったように感じてしまうこともあります。

例えば、黙っている人を見て、こちらに関心がないのだと思う。しかし、その人は言葉を慎重に選んでいる途中かもしれません。

目を閉じるという発想は、そうした最初の判断を保留し、別の可能性を想像する姿勢にもつながるのではないでしょうか。

歌詞に描かれる悲しみは、外から簡単には分からない

歌詞の前半では、表情や涙、身体のしぐさ、傷を思わせる言葉を通じて、相手の苦しさが描かれます。さらに、そばにいる人が手を差し伸べても、悲しみが残る場合まで想定されています。

ここからは、誰かを大切に思う気持ちと、その人の苦しみを解消できるかどうかの間にある隔たりが読み取れます。

励ました相手がすぐに笑顔にならなかったとき、自分の言葉は届かなかったのだろうかと不安になることがあります。すると、相手の気持ちを待つ前に、もっと説明したり、返事を求めたりしてしまう。

けれど、相手には相手の時間があります。今すぐ理由を話せないことも、説明するだけで疲れてしまうこともあるでしょう。

この曲をそうした場面に重ねると、相手の反応を急がず、一緒にいられる距離を探す優しさが浮かび上がります。自分が何かをしたという手応えよりも、相手が無理をしなくて済むこと。その価値を考えさせられるのです。

なぜ「分かり合える」と断言しないのか

サビで印象的なのは、理解の可能性を語りながら、語尾に「かもね」という余白を残していることです。

この控えめな言い方には、相手の心について、自分だけで結論を出さない姿勢が感じられます。

「あなたの気持ちは分かった」と言われて、安心することもあれば、まだ話し終えていないのにと寂しくなることもある。理解を伝えようとする言葉にも、受け取る側とのずれは生まれます。

だからこそ、まだ分からない部分があると認めておくことには意味があります。その余白があれば、相手は後から言い直したり、違う気持ちを付け加えたりできるからです。

「まぶた」に描かれる理解を、何度でも確かめ直せる関係として捉えると、この柔らかな語尾がいっそう響いてきます。

終盤で変わる二人の距離に注目したい

終盤では、互いに背を向ける描写から、背中で受け止め合い、再び相手へ視線を向けられるような描写へと変化します。この展開を、距離を置いた時間が二人の関係を支える可能性として読むことができます。

向き合って話すことには、自分の考えを伝え合える良さがあります。一方、言葉や表情を絶えず読み取ろうとして、疲れてしまう場面もあるでしょう。

少し離れて落ち着いたあとに、さっきは言えなかったことを話せる。返事を待ってもらえたことで、自分の本音に気づく。そうした経験を重ねると、距離がある時間も関係の一部なのだと分かります。

まぶたは、開けることも閉じることもできるものです。

この身体の小さな働きに注目すると、タイトルは、近づき続けるだけでは苦しくなる人間関係に、休む余地を与える言葉にも思えてきます。

相手を見ることを休めたあと、どのような気持ちでもう一度向き合えるか。そこまで含めて読むことで、この曲の終わりにある希望が見えてくるのではないでしょうか。

ドラマ『女神の教室』と重なる「人を知ろうとする姿勢」

『女神の教室』の主人公・柊木雫は、法律の知識に加え、人を知ろうとする姿勢を大切にしています。公式紹介でも、人の行動の背景にある理由へ目を向ける授業が説明されています。

このドラマと「まぶた」は、他者への判断を急がないという点で響き合っていると考えられます。

一つの行動を見れば、その場で良し悪しを決めることはできるかもしれません。しかし、その人がそこに至るまでに何を経験し、何に迷っていたのかは、外から見ただけでは分かりません。

相手について考えるとき、自分の物差しにも限界がある。そのことに気づければ、問いかけ方や待ち方も変わってきます。

恋人同士、家族、友人、学校や職場の相手。「まぶた」が差し出す問いは、さまざまな関係に重ねて受け取ることができるでしょう。

「まぶた」が伝える、分かり合うための余白

Vaundy「まぶた」は、目を閉じるという身近な行為から、他者を理解する難しさと可能性を考えさせる楽曲です。

本人が語るテミスの目隠しという着想を踏まえると、タイトルには、見たものだけで人を判断せず、自分の受け止め方を問い直すきっかけが込められていると読めます。

そして、相手の気持ちをすぐに説明し切ろうとしないこと。悲しみが残っていても、関係を急いで完成させようとしないこと。その余白が、二人の間に安心できる時間を生むのかもしれません。

分かり合いたいと思う相手がいるからこそ、一度立ち止まってみる。「まぶた」は、その静かな時間にも人とつながる力があると感じさせてくれます。

Vaundyが描く人との距離に関心のある方は、「呼吸のように」の歌詞考察もあわせてご覧ください。

この記事を書いた人
yuya
yuya

運営者:yuya
担当:記事の企画・執筆・編集・事実確認
運営開始:2021年
主なテーマ:邦楽の歌詞考察・楽曲解説

当サイトを運営しているyuyaです。

音楽作品には、言葉だけを追ったときには見えなかった感情や物語が隠れていることがあります。

記事を執筆する際は、一部分の歌詞だけで結論を出すのではなく、楽曲のタイトル、歌詞全体の流れ、語り手の視点、曲調、ミュージックビデオ、アーティストの公式コメントなどを可能な範囲で確認しています。

作者の意図を一方的に決めつけるのではなく、「このように読むこともできる」という視点を提示することを大切にしています。

yuyaをフォローする
Vaundy