2026年7月8日現在、日本の音楽シーンを眺めると、ひとつの大きな流れが見えてくる。
それは、ただ派手に盛り上がる曲よりも、聴く人の心に長く残る“意味のあるヒット”が強くなっているということだ。
その象徴として、今もっとも注目したいのが米津玄師の「烏」である。
「烏」は、2026年6月15日にデジタルリリースされた「2026 NHKサッカーテーマ」。公式サイトでも「2026 NHKサッカーテーマ」「2026.6.15 DIGITAL RELEASE」と紹介されている。 またBillboard JAPANのインタビューでは、NHKのワールドカップやサッカー中継などで使用される楽曲として書き下ろされたナンバーであり、ストリングスやフルートを用いた爽やかな曲調が印象的だと紹介されている。
“応援歌”なのに、押しつけがましくない
サッカーのテーマソングと聞くと、多くの人は「勝利」「団結」「情熱」といった言葉を思い浮かべるかもしれない。もちろん、それらはスポーツと相性がいい。けれど、米津玄師の「烏」が面白いのは、そうした一直線の熱さだけで作られていないところにある。
この曲には、勝つことへ向かう集団のエネルギーがありながら、同時に、そこにいる一人ひとりの孤独や輪郭も感じられる。みんなで同じ方向を見る瞬間の高揚と、それでも自分は自分でしかないという感覚。その両方を抱えたまま鳴っているから、「烏」は単なる大会ソングではなく、2026年のリスナーに届く“現代的な応援歌”になっている。
今の時代、誰かに「頑張れ」と言われるだけでは、かえって苦しくなることがある。だからこそ、「烏」のように、背中を強く叩くのではなく、横に並んで風を送ってくれるような音楽が必要とされているのだろう。
チャートにも表れた「烏」の勢い
数字の面でも、「烏」は2026年夏の中心にいる。Billboard JAPANの先ヨミ・デジタルでは、2026年6月15日〜17日の集計で「烏」が3,323,186回を記録し、ストリーミング・ソングで首位を走っていると報じられた。
さらに、オリコン週間ストリーミングランキングの2026年6月29日付、集計期間は6月15日〜21日では、「烏」が初登場1位を獲得している。2位にはサカナクション「夜の踊り子」、3位にはM!LK「好きすぎて滅!」が続いた。
Billboard JAPAN Hot 100の直近公開分である2026年7月1日公開チャートでも、「烏」は2位に入り、3位にサカナクション「夜の踊り子」、4位にM!LK「好きすぎて滅!」、5位にM!LK「爆裂愛してる」、6位に米津玄師「IRIS OUT」が並んでいる。
ここで注目したいのは、新曲だけが並んでいるわけではない点だ。サカナクション「夜の踊り子」は2016年配信の楽曲でありながら、2026年のチャートで再び存在感を見せている。つまり今の音楽トレンドは、「新しいから聴かれる」のではなく、「今の気分に合うから再発見される」時代に入っている。
2026年上半期のキーワードは“ロングヒット”と“再発見”
2026年上半期のBillboard JAPAN総合ソング・チャートでは、米津玄師「IRIS OUT」が首位を獲得した。トップ10にはM!LK「好きすぎて滅!」、Mrs. GREEN APPLE「lulu.」、King Gnu「AIZO」、HANA「Blue Jeans」などが並んでいる。
同時に、Billboard JAPANは2026年度上半期の特徴として、旧作カタログの需要拡大を挙げている。2019年以前のリリース曲はトップ100内で27曲にのぼり、前年同期の20曲から増加。back number、スピッツ、KinKi Kidsなどの楽曲もチャートインしており、ストリーミングを通じて過去曲が再び聴かれていることがわかる。
これは、音楽の聴かれ方が大きく変わったことを意味している。かつてのヒット曲は、発売日やテレビ出演、CD売上によって一気に広がるものだった。しかし今は、SNS、配信プレイリスト、ドラマやアニメ、スポーツ中継、ライブ映像、ショート動画など、さまざまな入口から曲が再発見される。
「烏」もまた、サッカーという大きな文脈を背負いながら、チャート上では米津玄師というアーティスト自身の強度、そしてリスナーの生活に入り込む楽曲としての力を示している。
Mrs. GREEN APPLE、HANA、M!LK——“アーティストの物語”が聴かれる時代
2026年上半期のアーティスト・チャートを見ると、Mrs. GREEN APPLEが3年連続でArtist 100の首位を獲得している。2位にはHANA、3位にback number、4位に米津玄師、5位にM!LKが続いた。
ここから見えてくるのは、単発のヒットではなく、アーティストそのものの物語が聴かれているということだ。
Mrs. GREEN APPLEは「ライラック」や「lulu.」など、ポップでありながら感情の深い楽曲で幅広い層をつかんでいる。HANAは「Blue Jeans」「ROSE」などで、ガールズグループの新しい勢いを見せている。M!LKは「好きすぎて滅!」「爆裂愛してる」で、楽曲のキャッチーさとグループの勢いをチャートに結びつけた。
そして米津玄師は、「IRIS OUT」から「烏」へと、アニメ、映画、スポーツという大きなカルチャーの接点を渡り歩きながら、どの場面でも“米津玄師の歌”として成立させている。これは簡単なことではない。タイアップのための曲でありながら、タイアップを超えて聴かれる。そこに、彼の現在地がある。
「烏」は、2026年夏の空を飛ぶ一曲になる
「烏」というタイトルには、どこか不吉で、どこか身近で、どこか自由な響きがある。鳩のように平和の象徴として扱われるわけでもなく、鷹のように強さの象徴として讃えられるわけでもない。けれど、烏は街にも、空にも、日常にもいる。
その存在感は、米津玄師の音楽とも重なる。圧倒的にポップでありながら、決してきれいごとだけでは終わらない。多くの人に届くメロディを持ちながら、どこか影を残す。だからこそ「烏」は、サッカーのテーマソングでありながら、スポーツを見ない人の心にも届く。
2026年夏、音楽好きが聴くべき一曲を挙げるなら、まずはこの「烏」だろう。
勝つための歌であり、負けた後にも残る歌。
みんなで歌えるのに、一人で聴いても深く響く歌。
それこそが、いまの時代に求められている“本当に強い音楽”なのかもしれない。

