『周波数』の基礎情報と制作背景:TOKYO FM50周年タイアップ曲として
「周波数」は、SEKAI NO OWARI(セカオワ)が2020年1月にリリースした楽曲で、TOKYO FMの開局50周年を記念したキャンペーンソングとして制作されました。作詞・作曲はSaori、編曲はNakajinを中心としたバンドメンバーによって行われています。
この楽曲は、FMラジオという「目に見えない電波」を象徴的なテーマに据えており、人と人との“目に見えないつながり”を音楽に落とし込んだ作品です。特に、ラジオというメディアは「周波数」という言葉と深い関わりがあり、この曲はその象徴性を活かして、現代社会における“信じることの大切さ”を描いています。
また、この楽曲のリリース時期は、社会的に「直接会えない」状況が増えていた時期でもあり、リスナーにとって「距離があってもつながれる」というメッセージが、より強い共感を呼びました。
“周波数”というタイトルが象徴する意味:目に見えない繋がり・信じる心
「周波数」というタイトルには、単なる電波や音の物理的な意味を超えて、人と人との心の距離をつなぐ“目に見えない力”というニュアンスが込められています。ラジオや通信の世界で周波数は不可欠な要素ですが、この曲ではそれを「人間関係や愛情」に置き換えています。
歌詞の中には、「証拠がないことは、無いことの証明ではない」という一節があります。このフレーズは、目に見えないものを信じるというテーマの核心を突いています。科学や論理では説明できない“心のつながり”や“愛情”を、信じるかどうかは個人の感性に委ねられている。この曲は、その信じる勇気を肯定するメッセージを発信しています。
「周波数」という言葉を選んだ理由には、ラジオの存在だけでなく、信頼や愛情といった“形のないもの”をどう伝えるかという問いへの、SEKAI NO OWARIなりの答えが込められていると考えられます。
歌詞フレーズ別考察:象徴表現とその深読み(額縁・砂漠・深海魚・靴箱)
「周波数」の歌詞には、一見すると脈絡のない言葉がちりばめられています。しかし、それぞれのフレーズには象徴的な意味が込められていると考えられます。
- 「額縁の中の写真」
額縁は過去の思い出を閉じ込めるもの。写真は、もう戻れない時間を象徴します。ここには「過去を見つめる孤独」と「変わらないものへの執着」が感じられます。 - 「砂漠の真ん中のオアシス」
過酷な状況の中で見つけた希望や救いを意味します。人とのつながりが希薄な現代社会で、偶然の出会いや絆を象徴していると解釈できます。 - 「深海魚」
深海魚は暗闇の中で生きる存在。人目につかない孤独な存在を指すとともに、「光が届かない場所で必死に生きる人々」を連想させます。 - 「靴箱の中の鍵」
靴箱は日常の象徴であり、その中に隠された鍵は「何かを開く可能性」を意味します。これは、自分でも気づいていない“心の扉”を開くヒントかもしれません。
これらの比喩表現は、すべて「見えないものを信じる」というテーマにつながっています。
喪失と希望の二面性:会えない人との対話と感情の渦
「周波数」の歌詞には、「もう会えない」という喪失感と、「See you again」という希望的なフレーズが共存しています。ここに、この曲の大きな感情のうねりが表れています。
喪失は避けられない現実ですが、それでも「きっとまた会える」という願いを捨てない。この二面性が、聴く者の心に強い共鳴を生みます。特に、「言葉にできない感情をどう伝えるか」という葛藤が、歌詞の奥に潜んでいます。
この構造は、まるでラジオの電波に乗って、見えない誰かに語りかけるようなイメージです。「周波数」を合わせることでつながる世界は、目には見えないけれど確かに存在している。これがSEKAI NO OWARIの描いた、現代の“希望の形”といえるでしょう。
科学と証明への懐疑:証拠が無いことは無いことの証明ではない
「証拠がないことは、無いことの証明ではない」という一節は、科学や論理への批判というよりも、「信じることの大切さ」を再確認させる言葉です。現代社会では、何事もデータやエビデンスが求められます。しかし、人間の感情や絆は、数値で測れない領域にあります。
SEKAI NO OWARIはこの曲で、「見えないものを信じる力」や「根拠のない希望の価値」を強調しています。このメッセージは、リスナーに「証拠がなくても信じていい」と背中を押してくれるものです。
✅ まとめ
SEKAI NO OWARIの「周波数」は、ラジオの“見えない電波”をモチーフに、人と人との目に見えないつながりや、信じる心をテーマにした楽曲です。歌詞の中に散りばめられた象徴的なフレーズは、孤独、希望、信頼といった複雑な感情を描き、聴く者に「証拠がなくても信じることの価値」を問いかけています。
この曲は、デジタル時代における「見えないつながり」を美しく表現した、まさにSEKAI NO OWARIらしい作品といえるでしょう。