フェスの爆音は“電池”で鳴らせる? 2026年、ライブ会場で始まった「脱ディーゼル」革命

巨大なスピーカー、まぶしい照明、何万人もの観客を沸かせる大型ステージ。

その裏側では、音響機器や大型ビジョン、照明、飲食店、スタッフ用設備を動かすために、大量の電力が使われている。

野外フェスでは会場に十分な電源設備がないことも多く、これまではディーゼル発電機が重要な役割を担ってきた。

しかし2026年、その常識が変わり始めている。

米国マイアミで開催された「Ultra Music Festival 2026」では、RESISTANCE Coveステージを、従来のディーゼル発電機ではなく、大型バッテリーシステムで稼働させた。

主催者によると、米国の大規模エレクトロニック音楽フェスで、大型ステージを現地で温室効果ガスを排出しないバッテリー電源によって動かした初の事例だという。バッテリーは既存の電力網から充電され、ほかの3ステージも発電機から電力網へ切り替えられた。

ライブの迫力を小さくするのではなく、ライブを動かす排出量を小さくする。

2026年、環境対策はフェスの片隅に置かれた分別用ごみ箱ではなく、メインステージを支える技術そのものになり始めている。

ライブ会場の電気はどこから来ているのか

都市部のホールやアリーナでは、建物に整備された電力設備を利用できる。

一方、広い公園や空き地、郊外の自然環境で開催される野外フェスでは、必要な場所へ十分な電気を供給できるとは限らない。

そこで長く利用されてきたのが、燃料を入れて持ち込めるディーゼル発電機だ。

会場の設営場所を選ばず、天候や時間帯に左右されにくい。大音量の音響や照明を安定して動かせるため、ライブ産業には欠かせない設備だった。

しかし、燃料を燃やせば二酸化炭素や大気汚染物質が排出される。発電機を輸送し、会場で長時間動かす必要もある。

観客には見えにくいが、ステージの裏側には、小さな発電所のような設備が並んでいるのである。

Ultraが大型ステージをバッテリーで動かした

Ultra Music Festivalが導入したのは、電力網から充電した大型バッテリーへ電気を蓄え、必要なタイミングでステージへ供給する仕組みだ。

スマートフォン用のモバイルバッテリーを、音響、照明、大型スクリーンを動かせる規模まで巨大化したものと考えると分かりやすい。

フェスでは一日中、常に同じ量の電力を使うわけではない。

リハーサル中、出演者の交代時間、本番の照明演出など、必要な電力量は時間によって大きく変わる。バッテリーと電力管理システムを組み合わせれば、必要な瞬間へ効率的に電気を供給できる。

Ultraは2023年から会場内の使用電力を測定し、そのデータを基に「スマート・パワー・プラン」を作成した。2026年にはCoveステージをバッテリー化したほか、Live、UMF Radio、Oasisの3ステージを地域の電力網へ接続し、会場のステージの過半数を発電機なしで稼働させたとしている。

重要なのは、バッテリーを持ち込んだことだけではない。

実際にどの時間帯で、どれだけ電気が必要なのかを測ったことだ。

フェスでは必要以上の電源が用意されてきた

ライブでは、演奏中に電力が不足することは許されない。

音が突然消えたり、照明や映像が停止したりすれば、公演そのものが成立しなくなる。そのため現場では、実際の使用量より大きな電源容量を確保する傾向がある。

Massive Attackの低炭素イベントを担当した制作チームは、従来の現場では、接続するプラグや設備の最大容量を基準に電力を要求するため、実際の消費量より大幅に余裕を持たせる場合があると説明している。

そこで、事前に機器の使用電力を詳しく測り、必要なバッテリー容量と充電計画を設計した。結果として、大規模イベントをディーゼル発電機の予備電源なしで動かせることを実証した。

これは家庭でいえば、短時間しか使わない家電のために、常に最大出力の発電機を回し続けるようなものだ。

環境負荷を減らす第一歩は、新しい設備を購入することではない。

自分たちが実際にどれだけ使っているのかを知ることなのである。

Massive Attackが示した「大規模でも可能」という事実

バッテリー式フェスの可能性を大きく広げたのが、Massive Attackが2024年に英国ブリストルで開催した「Act 1.5」だった。

3万2000人以上を集めた同イベントでは、会場全体をバッテリーで稼働させ、ディーゼル発電機を使用しなかった。

事後調査では、エネルギー関連の温室効果ガス排出量を98%削減。食品はすべて植物由来とし、使い捨てプラスチックを避け、リサイクル率は89%に達したと報告されている。

このイベントが重要だったのは、環境対策を優先して、小規模なステージや簡素な演出にしたわけではない点だ。

大型の音響、照明、映像を使ったMassive Attackの公演を、通常のライブとして成立させた。

その成功を受け、ロンドンのLIDO Festivalでもバッテリー式メインステージが採用された。2025年には、Ultra Music FestivalやLIDO Festival、Montreux Jazz Festivalなど、12カ国・4大陸の25イベントがA Greener Futureの環境認証を取得している。

一組のアーティストによる実験が、複数の都市やフェスへ引き継がれ始めている。

ブリストルでは20以上のイベントを電動化

Massive Attackの公演が行われたブリストルでは、その一日限りで試みを終わらせなかった。

2026年には、再生可能エネルギーで充電した大型バッテリーを複数のイベントへ貸し出す「クリーン・パワー・ハブ」が計画され、音楽フェスや文化イベントなど20件以上の脱炭素化を目指している。

一つのフェスが高額なバッテリーを購入し、年に数日しか使わない方法では負担が大きい。

地域に共有設備を用意し、開催日ごとに別のイベントへ運べれば、導入費用や保管場所の問題を抑えられる。

音楽フェスのために作られた仕組みを、映画撮影、地域祭り、スポーツイベントなどでも利用できる可能性もある。

これからのイベント会場では、ステージや仮設トイレと同じように、「クリーン電源を地域から借りる」ことが標準になるかもしれない。

バッテリー式なら本当に「排出ゼロ」なのか

ここで注意したいのが、「ゼロエミッション」という言葉だ。

Ultraが掲げたのは、ステージの稼働中に現地で温室効果ガスを排出しないという意味である。

バッテリーを製造する過程、会場へ輸送する車両、充電に使われた電気まで含めて、環境負荷が完全にゼロになるわけではない。

石炭や天然ガスによって発電された電気で充電すれば、排出場所がフェス会場から発電所へ移動するだけになる可能性もある。

そのため、本当に重要なのは「バッテリーを使った」という表示ではない。

何の電気で充電したのか。どの程度の容量を使用したのか。輸送や設営を含めて排出量がどう変わったのか。

Ultraも、電力、制作、輸送、ごみを含むカーボンフットプリントを算定し、今後の削減策へ利用すると説明している。

環境対策を宣伝文句で終わらせないためには、数字を測り、結果を公開する必要がある。

「カーボンオフセット」と「排出削減」は違う

フェスの環境対策では、排出した二酸化炭素に相当する環境プロジェクトや森林保全へ資金を提供する「カーボンオフセット」も利用される。

オフセットには、削減しきれない排出量へ対応する役割がある。

しかし、発電機で燃料を使い続けたまま、後からクレジットを購入することと、発電機そのものを停止することは同じではない。

Ultraも、オフセットを利用しながら、主な目標は排出源を直接減らすことだと説明している。Coldplayも、制作、輸送、電力の排出削減を優先し、それでも残る排出量へ対応する方針を示している。

まず使う電力を減らす。

次に再生可能エネルギーやバッテリーへ切り替える。

それでも避けられない部分にオフセットを使う。

この順序がなければ、環境に配慮しているように見せる「グリーンウォッシュ」と受け取られる恐れがある。

最大の問題はステージではなく観客の移動

ステージの電力をバッテリー化すれば、フェスの問題がすべて解決するわけではない。

環境団体REVERBは、北米170都市以上、400公演以上で、3万5000人を超える観客を調査した。

その結果、観客の移動による排出量は、アーティストとスタッフの移動、宿泊、機材輸送を合計した排出量の38倍に達すると推計された。

回答者の80%が自家用車を利用していた一方、約9割は、情報、料金面の特典、交通設備が整えば、より環境負荷の小さい移動手段に関心を持つと答えている。

ここから見えるのは、ファンに環境意識がないのではなく、現実的な選択肢が少ないという問題だ。

終演後に電車がない。駅から会場が遠い。複数人で利用できるシャトルバスがない。

公共交通を利用したくても、自動車以外では帰れない会場もある。

ステージだけをクリーンにしても、数万人が一人ずつ車で来場すれば、イベント全体の排出量は大きく残る。

チケットと交通を一体化する動き

観客の移動を変えるには、「公共交通を利用してください」と呼びかけるだけでは足りない。

チケットに鉄道やバスの料金を含める。終演時間に合わせて臨時便を運行する。会場の入口近くへ乗り合いバスを到着させる。

2026年には、Dave Matthews Bandがファン向けの乗り合いバスを用意し、Telluride Bluegrass Festivalでは相乗りを促す実証企画が進められている。

Billie Eilishのツアーでも、一部の公演でチケット購入者が追加料金なしで公共交通を利用できる施策が行われた。

環境に良い行動を、我慢や自己犠牲として求めるのではない。

駐車場を探さずに済む、交通費を抑えられる、終演後に安心して帰れるなど、ファンにとって便利な選択肢へ変えることが必要になる。

ごみ箱を増やすだけでは足りない

フェスの環境対策として、最も目に入りやすいのはごみの分別だろう。

しかし、捨てた後に分けるだけでなく、最初からごみを生み出さない設計が重視され始めている。

給水所を設置してマイボトルを利用できるようにする。飲食店へ植物由来のメニューを求める。余った食品を廃棄せず、支援団体へ届ける。

Ultraでは2025年、飲食店の半数以上を地元事業者が占め、75%が植物由来のメニューを少なくとも一つ提供した。2022年以降、余剰となった食品や飲料を累計6万5000ポンド以上寄付したとしている。

会場で分別されたカップがどこへ運ばれ、実際に再利用されたのか。

飲食物やグッズはどこで作られ、どの距離を運ばれてきたのか。

これからのフェスでは、ごみ箱の数より、購入から廃棄までの流れ全体が問われる。

日本でも環境負荷の「見える化」が始まっている

日本の音楽フェスでも、クリーンエネルギーや排出量算定の取り組みは進んでいる。

FUJI ROCK FESTIVALは2026年も、自然との共生を掲げ、会場でバイオディーゼル燃料や太陽光発電などを導入。ごみの分別を案内するボランティア活動も継続している。

2026年の日比谷音楽祭では、開催前に二酸化炭素排出量を推計し、参加者一人当たり約3キログラムになるとの試算を発表した。

この数字は取得可能なデータに基づく推計で、すべての排出を網羅したものではないが、イベントのどの部分を改善すべきか考える材料になる。

また、くるりが主催した京都音楽博覧会2025では、ステージ用電源車や楽屋周辺の発電機から出たと推計される4トンの二酸化炭素について、Jクレジットによるオフセットが行われた。

日本でも「環境に配慮しています」と宣言する段階から、実際の排出量を測り、削減方法を比較する段階へ移りつつある。

環境対策はライブの快適さにもつながる

バッテリー式電源の利点は、二酸化炭素の削減だけではない。

ディーゼル発電機を減らせば、燃料の保管や補給、排気ガスへの対応も減らせる。発電機の作動音が少なくなれば、舞台裏で働くスタッフや、会場周辺の住民にとっても環境が改善する可能性がある。

給水所が増えれば、熱中症対策にもなる。

公共交通が充実すれば、終演後の道路混雑や駐車場不足も軽減できる。

再利用できる食器を導入すれば、地面に散らばるカップや容器も少なくなる。

環境対策を「音楽とは関係のない社会貢献」と考えると、運営費だけが増えるように見える。

しかし、会場を安全で清潔にし、来場者の移動を便利にし、近隣との摩擦を減らす取り組みでもある。

環境負荷の小さいフェスは、結果的に観客にとって快適なフェスになり得る。

小規模フェスが取り残される危険もある

大型バッテリー、排出量の測定、再利用食器、臨時交通の整備には費用がかかる。

世界的アーティストや大手興行会社が関わるイベントなら投資できても、利益の小さい地域フェスやインディーズイベントには難しい場合がある。

英国では2026年にも、エネルギー、人件費、会場設備、出演料の上昇によって、複数の独立系フェスが中止や延期に追い込まれている。

環境基準を高くするだけで、導入支援がなければ、小規模な主催者ほど開催できなくなる恐れがある。

だからこそ、ブリストルのような共有バッテリー設備、自治体による交通支援、複数イベントで利用できる再利用食器の仕組みが重要になる。

一つのフェスがすべてを負担するのではなく、地域の文化インフラとして環境設備を共有する必要がある。

私たちファンにできること

観客一人が会場全体の電源を変えることはできない。

それでも、チケットを選ぶ際に、主催者の環境方針を確認することはできる。

公共交通やシャトルバスを利用する。友人と自動車を乗り合わせる。マイボトルを持参する。不要なグッズを勢いだけで購入しない。分別ルールを確認してから捨てる。

どれもライブの楽しさを大きく損なう行動ではない。

REVERBの調査では、91%の回答者が気候変動を心配していた。問題は関心の低さではなく、実行しやすい選択肢が十分に用意されていないことだ。

ファンが環境負荷の小さい移動手段や会場運営を支持すれば、主催者や交通事業者が新しい仕組みへ投資する理由になる。

未来のフェスでは「電源」が出演者と同じくらい注目される

これまで音楽フェスの記事で注目されるのは、出演者、タイムテーブル、チケット価格、会場マップだった。

今後は、ステージが何によって動いているのかも、イベントの個性になるかもしれない。

バッテリーで動くステージ。

鉄道チケットが付いた入場券。

使い捨て容器を使わない飲食エリア。

地域で共有されるクリーン電源。

こうした取り組みは、音楽の魅力そのものを変えるものではない。

同じ演奏を、次の世代も楽しめる形で続けるための舞台設計である。

Ultra Music Festivalのステージを動かしたバッテリーは、観客から見れば、音楽を鳴らす巨大な黒い箱にすぎなかったかもしれない。

しかし、その箱が証明した意味は小さくない。

何万人もの身体を震わせる爆音は、燃料を燃やさなければ生み出せないものではなかった。

2026年、ライブ産業が目指しているのは、静かなフェスではない。

地球への負担だけを静かにした、これまで以上に力強いフェスなのである。