「さよなら」を口にしたら、それまでの関係はすべて終わってしまうのでしょうか。
TMGの「SAYONARA (feat. Ado)」は、別れの寂しさを抱えながら、出会ったことの価値を未来へ持ち越そうとする歌として読めます。離れる瞬間にも感謝は残り、その感謝が次の一歩を支える。そんな人とのつながりが、この曲を読み解く鍵です。
本記事では、松本孝弘が明かした制作背景と、歌詞に登場する「RANAYOSA」という言葉を手がかりに、タイトルの意味を考察します。
※作品情報は2026年10月18日時点の公開資料に基づきます。制作側の発言を紹介する箇所を除き、歌詞や表現の読み方は筆者による解釈です。
「SAYONARA (feat. Ado)」の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曲名 | SAYONARA (feat. Ado) |
| アーティスト | TMG(Tak Matsumoto Group) |
| ゲストボーカル | Ado |
| 収録作品 | 3rdアルバム『TMG Ⅲ SAYONARA』 |
| アルバム発売日 | 2026年10月14日 |
TMGは、松本孝弘、ジャック・ブレイズ、エリック・マーティン、マット・ソーラムによるロックグループです。2004年に始動し、2024年の再始動を経て、2026年に再び集結しました。「SAYONARA」は、Adoを迎えたアルバムのタイトル曲です。
タイトルは、最後の活動を宣言する言葉なのか
バンドのアルバムやツアーに「SAYONARA」という名前が付けば、活動の終わりを想像する人もいるでしょう。
この点について、松本孝弘は『BURRN!』のインタビューで、メンバー間で今回を最後とする話はしていないと説明しています。また、出会いへの感謝から新しく始まるものがある、という考えを語っています。
この発言を踏まえると、曲名を解散や引退の予告と決めつける読み方は適切ではありません。
ここで考えたいのは、別れの言葉を誰に、どんな気持ちで届けるのかということです。同じ挨拶でも、関係を断ち切ろうとして言う場合と、再会を願いながら言う場合では、その響きは変わります。
本曲の「さよなら」には、一緒にいた時間を認め合い、それぞれの明日へ進むための挨拶という意味を読み取れます。
「RANAYOSA」の意味とは?音の順番を逆にする言葉遊び
この曲で印象に残るのが、「RANAYOSA」という言葉です。
「さ・よ・な・ら」を後ろから読むと「ら・な・よ・さ」になります。ローマ字を一文字ずつ逆にするのではなく、音のまとまりを逆順にした言葉遊びです。この表現は、『BURRN!』のインタビューでも取り上げられています。
この仕掛けを、本記事では「別れの受け止め方を変える動作」として解釈します。
さよならという言葉を聞くと、私たちは反射的に寂しさや終わりを思い浮かべます。ところが、音の順番が変わるだけで、その慣れた言葉が少し奇妙で、口ずさみたくなる響きに変わる。言葉と感情の結びつきに、小さな隙間が生まれるのです。
その隙間には、別れを別の角度から眺める余地があります。
同じ出来事でも、失うものに目を向けるか、受け取ってきたものに目を向けるかで、見える景色は変わります。「RANAYOSA」は、そうした視点の移動を、説明よりも先に音で体験させる表現だと考えられます。
歌詞にある寂しさと前向きさは、どうつながるのか
歌詞全体には、関係の終わりをすぐには受け入れられない気持ちと、つながりを信じて先へ進もうとする気持ちが共存しています。
英語の部分には、相手と気持ちが通じ合わない戸惑いや、失いたくないという切実さが表れます。一方、日本語を交えたサビでは、出会いの記憶や仲間との結びつきが、未来へ向かう足場になります。
ここから見えてくるのは、前を向くために、悲しみを完全に片付ける必要はないという感覚です。
人と離れるとき、これからも大丈夫だと思える瞬間と、まだ一緒にいたかったと思う瞬間は、何度も行き来します。気持ちに矛盾があるからといって、別れを受け止められていないとは限りません。それだけ相手との時間を大切にしてきたのでしょう。
この曲の希望も、その寂しさを抱えたまま立ち上がるところにあります。
出会う前の自分には戻れない。けれど、それは相手から受け取ったものが自分の中に残っているということでもある。その記憶が、離れた後の自分を支える力になると読めます。
歌詞は誰に向けられている?恋愛にも仲間との別れにも重なる
相手を強く求める心情から、恋人との別れを思い浮かべることもできます。ただ、歌詞にある仲間意識や結びつきを大切にする感覚は、友情やバンドの関係にも重なります。
本記事では、相手を一人の実在の人物に特定せず、人生のある時間を共に過ごした大切な存在として捉えます。
同じ学校を卒業する友人、長く働いた場所の仲間、別々の道へ進む相手。関係の形が変わる場面では、離れることを裏切りのように感じたり、これまでの時間まで失われる気がしたりすることがあります。
けれど、同じ場所にい続けることだけが、つながりの証明ではありません。一緒に過ごした経験が、その後の選択や考え方に息づいていることもあります。
「SAYONARA」をそうした関係の歌として聴くと、再出発には、相手との過去を大切に持っていくという側面があると気づかされます。
英語と日本語を混ぜた歌詞に、共演の意味が表れる
制作面でも、本曲には人と人とのやり取りが刻まれています。
松本孝弘によると、日本語のコーラスを先に制作し、その内容を伝えたうえで、ジャック・ブレイズがヴァースとブリッジの詞を書いたといいます。また、エリック・マーティンも日本語詞を歌うことがインタビューで語られています。
言語の違いを残しながら、一つの曲を作る。その制作過程は、異なる歩みを持つ人たちが関係を育てる姿としても受け取れます。
相手とつながるために、すべてを同じにする必要はありません。自分の言葉を相手へ渡し、相手の表現を受け取る。その往復によって、自分だけでは生まれなかったものが形になります。
Adoも参加にあたり、音楽を純粋に楽しむ気持ちを大切にしてレコーディングしたとコメントしています。
この発言は、別れを扱いながら活力を感じさせる本曲を考える手がかりになります。大切な人と今、音を重ねられる。その喜びもまた、「SAYONARA」という曲が持つ温度なのでしょう。
松本孝弘とAdoの再共演が重ねる、出会いのその先
松本孝弘とAdoには、2023年の「DIGNITY」の楽曲提供や、ライブでの共演を通じたつながりがあります。今回の参加も、そうした交流を経て実現しました。
一度の共演で生まれた縁が、時間を経て別の作品につながる。この事実を背景に置くと、本曲が扱う出会いや再出発というテーマを、より身近に感じられます。
一緒に過ごす時間には区切りがあっても、その出会いから生まれるものまで、その場で尽きるとは限りません。次の形は、時間がたって初めて見えてくる場合もあるのでしょう。
松本孝弘とAdoの音楽的なつながりに関心がある方は、Ado「DIGNITY」の歌詞考察記事もあわせてご覧ください。
まとめ|「さよなら」の後にも、出会いの価値は残る
TMG「SAYONARA (feat. Ado)」は、別れの瞬間に何を持って明日へ進むのかを考えさせる楽曲です。
「RANAYOSA」という音の反転には、慣れた言葉を別の角度から捉え直す面白さがあります。そして、歌詞の寂しさと前向きさを重ねて読むことで、離れることへの不安と、出会えたことへの感謝が同時に存在してよいのだと感じられます。
相手と過ごした時間は、関係の形が変わった後も、自分の中で働き続ける。その確かさが、この曲の「さよなら」を、次の一歩につながる言葉にしているのではないでしょうか。
楽曲はB’z公式YouTubeチャンネルの公開映像でも確認できます。


