「テレキャスタービーボーイ」は、耳に残る語感と疾走感の裏側に、社会への息苦しさや“自分らしさ”の置き場のなさがじわっと潜む曲です。short ver.(60秒シリーズ)だけでも十分に刺さるのに、long ver.でさらに感情の輪郭が濃くなる――だからこそ「結局、何を歌ってるの?」「MVの“審査”って何?」と意味を探したくなるんですよね。
この記事では、タイトルの比喩→歌詞の核→MV演出→long ver.の補助線、の順で整理しながら、いくつかの解釈を提示します(※歌詞は引用せず、要点を言い換えて解説します)。
- 『テレキャスタービーボーイ』とは?(すりぃ/鏡音レン)曲の基本情報と魅力
- タイトル「テレキャスタービーボーイ」の意味|テレキャス×B-boyが示す比喩
- 歌詞の主題は“はみ出し者”の叫び?|若者の葛藤と生きづらさ
- 印象的なフレーズの読み解き|擬音・言葉遊びに隠れた痛み
- 「人生論者」「デジタル信者」は誰のこと?|世間・正しさへの皮肉
- 少女と少年の描写が象徴するもの|“変身”モチーフ(鳥・風)の意味
- MV考察で深まる解釈|審査する存在/衣装/色の演出が語ること
- long ver.で見える補助線|物語性・視点の変化をどう捉えるか
- 別解釈:ネット文化の寓話として読む|“推す/推される”関係の影
- 結局この曲は何を伝えたい?|“感情”と“自由”のメッセージ
- すりぃの他曲と比較すると見える共通点|世界観・テーマの連続性
- まとめ|『テレキャスタービーボーイ』の歌詞を自分の物語にする聴き方
『テレキャスタービーボーイ』とは?(すりぃ/鏡音レン)曲の基本情報と魅力
まず押さえたいのは、この曲が“短さ”を武器にした作品だということ。short ver.は「60秒シリーズ」の流れにあり、切れ味のある言葉とビートで一気に心を持っていきます。さらに2020年にlong ver.が投稿され、shortの世界観を保ったまま“物語の厚み”が増しました。
そして情報として確実なのは、ボーカルが鏡音レンであること、制作がすりぃであること。long ver.ではイラスト・動画のクレジットも整理されており、映像込みで解釈が広がりやすい曲です。
この曲の魅力は大きく3つ。
- 言葉の“硬さ”と“軽さ”の同居(難語・強い単語×ポップなノリ)
- 反復(擬音・口ずさみ)で中毒性を作る構造
- 明るく踊れるのに、内容は意外と痛いというギャップ
タイトル「テレキャスタービーボーイ」の意味|テレキャス×B-boyが示す比喩
「テレキャスター(テレキャス)」はギターのモデル名として有名で、ロックの“直球感”や“反骨”のイメージと結びつきやすい存在。そこに「B-boy(ビーボーイ)」がくっつくことで、タイトルは単なる楽器名ではなく、音楽で自分を通す少年像の比喩として立ち上がります。
ざっくり言えば、タイトルはこう読めます。
- 口でうまく言えないぶん、音(ノイズ)と勢いで自分を鳴らす
- “上手に生きる”より、はみ出してでも本心に触れたい
- でも、鳴らしている本人がいちばん「自分の感情がわからない/足りない」と感じている
だから「テレキャスタービーボーイ」は、キラキラしたヒーローというより、**切実さを抱えた“鳴らすしかない人”**の呼び名として効いてきます。
歌詞の主題は“はみ出し者”の叫び?|若者の葛藤と生きづらさ
歌詞に出てくるキーワード(例:はみ出しもの/伽藍堂など)は、「社会の型にハマれない」「中身が空っぽに感じる」といった感覚に直結します。
さらに曲紹介のフレーズとして「息苦しい社会だけれど好きに生きていこう」という方向性が示されており、作品全体の芯は“適応”ではなく“自分の回収”にあると読めます。
ここで大事なのは、主人公がただ反抗しているのではなく、
- 「正しさ」や「綺麗事」が周りに飛び交うほど、逆に自分だけ置いていかれる
- 置いていかれると、誰かにわかってほしくて、でもわかってもらえなくて、空回る
という“葛藤”が中心になっている点です。
印象的なフレーズの読み解き|擬音・言葉遊びに隠れた痛み
この曲は、擬音(DeDeDe/PaPaPa など)や口ずさみ(パルラルラ等)によって、感情を“説明”しないまま押し出してきます。
ここがポイントで、擬音は「軽さ」ではなく、むしろ
- 本音を言語化できないときの誤魔化し
- 不安を紛らわすためのテンション
- 感情の代わりに口から出るノイズ
として機能しやすい。
明るく聞こえるほど、内側の“痛み”が透けるタイプの設計です。
「人生論者」「デジタル信者」は誰のこと?|世間・正しさへの皮肉
歌詞に出る「人生論者」「デジタル信者」というワードは、かなり現代っぽい刺し方です。
- 人生論者:わかった顔で語る“正解の語り部”/説教/自己啓発的な圧
- デジタル信者:数字・評価・トレンド・アルゴリズムなど、“多数派の正しさ”への盲信
そして動詞のニュアンス(例:「祟る」)が強いので、主人公にとってそれらは“便利な指標”ではなく、呪いとしてまとわりつく評価軸になっている。
つまりこの曲、社会をぶった斬ってるというより、評価に侵食されてしまう心の側を描いているんですよね。
少女と少年の描写が象徴するもの|“変身”モチーフ(鳥・風)の意味
「少女」「少年」が“鳥”や“風”になるイメージは、現実からの逃避というより、形を変えないと生きられない切実さの表現として読めます。
- 鳥=どこかへ飛べる(自由・変身・視線)
- 風=触れられない(希薄化・消失・移ろい)
一方でMVでは“鳥”が審査側として現れる読みもあり、鳥は自由の象徴であると同時に、**社会の目(ジャッジ)**にもなり得る。ここがこの曲の面白いところです。
「なりたい自分」と「見られている自分」が同じモチーフでぶつかる感じ、あります。
MV考察で深まる解釈|審査する存在/衣装/色の演出が語ること
MVについては複数の考察がありますが、よく語られるのが
- “審査”する鳥のような存在
- 着せ替え・評価(×/◎)
- ジェンダー表現や色の反転
といった要素です。
この構図を歌詞に重ねると、テーマが一段わかりやすくなります。
「自分らしさ」より先に「受かる見た目」を求められる世界
→ その結果、本人の感情が置き去りになる
→ だから“愛情”や“感情”を外に要求してしまう
踊れるMVなのに、見れば見るほど「笑ってるけど笑えてない」感じが出てくるのが、まさにこの曲の毒です。
long ver.で見える補助線|物語性・視点の変化をどう捉えるか
long ver.で特に効いてくるのが、ステレオタイプ/バイアスを示す語や、要求が「愛情」だけでなく「感情」に触れていく点です。
short ver.が“社会への違和感”をスパッと提示するのに対し、long ver.は
- 偏見(バイアス)に刺される感覚
- 忘れたい過去や傷
- 息がしづらい世界への言い換え
といった、内面の描写が増えていく。
言い換えると、shortは「主張」、longは「事情」。
だからlong ver.まで聴くと、“反骨の歌”というより救われたがっている歌に見えてきます。
別解釈:ネット文化の寓話として読む|“推す/推される”関係の影
この曲を「ネット的な評価社会の寓話」として読むのもアリです。
- 見た目/属性/テンションが“採点”される
- 空気に合わせるほど、本人の感情が薄くなる
- それでも承認が欲しいから、求める言葉が強くなる
実際、リスナーの反応でも「言葉はわかるのに、映像と合わせると難しい」という声が多く、“意味が読めない”こと自体が作品の狙いにも見えてきます。
「推す/推される」そのものを歌っていると断言はできませんが、評価に揺さぶられる心という点で、現代のSNS感覚と接続しやすい曲です。
結局この曲は何を伝えたい?|“感情”と“自由”のメッセージ
まとめると、「テレキャスタービーボーイ」が突きつけてくるのはたぶんこれです。
- 息苦しい社会で、“正しく”生きようとするほど自分が空っぽになる
- 空っぽになると、愛情も感情も、外側に答えを求めてしまう
- でも本当は、誰かに採点される前に、自分の感情を抱きしめ直したい
曲紹介にある方向性(息苦しいけど好きに生きよう)も踏まえると、最終的には“反抗”ではなく、自分を取り戻すための音楽なんだと思います。
すりぃの他曲と比較すると見える共通点|世界観・テーマの連続性
すりぃは、鏡音レンを起点に複数曲を発表しており、この曲もその流れの中にあります。
共通して感じるのは、
- 言葉の切断面が鋭い(気持ちよさと痛さが同居)
- 現代の“評価軸”を、直接じゃなく比喩で刺す
- ポップに踊れるのに、後から意味が追いかけてくる
という作り。
またlong ver.はアルバム『パンデミック』にも収録されており、作品群の中で“物語を補強する役”も担っています。
まとめ|『テレキャスタービーボーイ』の歌詞を自分の物語にする聴き方
この曲の“意味”は、答えが一つというより、あなたが何に息苦しさを感じているかで変わります。
- 社会の正しさに疲れている人は「評価の呪い」に刺さる
- 自分の感情がわからなくなっている人は「感情の要求」に刺さる
- MVが気になる人は「見られる身体/採点される生」に刺さる
おすすめの聴き方は、
- まずshortで“刺さる単語”を拾う
- 次にlongで“感情の輪郭”を確認する
- そのうえでMVを見て「自分のどこが採点されてる気がする?」と自問する
この順番。曲が、ちょっとだけ“自分の味方”になります。


