sumika「エンドロール」歌詞の意味を考察|失恋ソングではない?“さよなら”の正体はプロポーズだった

sumika「エンドロール」を初めて聴いた人の多くは、冒頭で「別れの歌だ」と思うのではないでしょうか。

別れを切り出すような主人公。

涙を流す「君」。

そしてタイトルは、物語の終わりを意味する「エンドロール」。

どう考えても、長く付き合った恋人との別れを描く失恋ソングに見えます。

しかし歌詞を最後まで追うと、その印象は完全にひっくり返ります。

主人公が「さよなら」しようとしているのは、愛する「君」ではありません。

二人の曖昧だった関係です。

そしてその先に待っているのは別れではなく、「これからも一生一緒に生きていく」という決意。

つまり「エンドロール」は、失恋ソングに見せかけたプロポーズソングなのです。

sumika「エンドロール」とは?2020年『Harmonize e.p』収録曲

まず、楽曲の基本情報を正確に整理しておきましょう。

「エンドロール」は2019年リリースのシングルではありません。

2020年3月4日に発売されたsumikaの『Harmonize e.p』に4曲目として収録された楽曲です。

項目内容
楽曲名エンドロール
アーティストsumika
収録作品『Harmonize e.p』
発売日2020年3月4日
収録位置4曲目
作詞・作曲片岡健太
映像作品「エンドロール」ショートフィルム

『Harmonize e.p』には「センス・オブ・ワンダー」「ライラ」「No.5」「エンドロール」の4曲が収録されています。

参考:sumika公式『Harmonize e.p』

結論|「エンドロール」は別れではなく“プロポーズ”を描いた歌

この曲の最大の仕掛けは、「さよなら」という言葉です。

冒頭では主人公が別れを告げ、「君」は涙を流します。

ところが物語が進むと、主人公が本当に終わらせようとしているものが見えてきます。

終わらせたいのは二人の恋ではありません。

いつまで続くのか分からない「恋人」という状態です。

そこに別れを告げ、

「これからは人生を共にする相手として生きていこう」

と決意する。

つまり、

恋人としての二人を終わらせる

人生を共にする二人を始める

という構造なのです。

実際、音楽ナタリーの『Harmonize e.p』発売時インタビューでも「エンドロール」はプロポーズの曲として語られており、片岡健太本人も、タイトルからそう思わせない構成は意図的だったことを明かしています。

参考:音楽ナタリー sumika『Harmonize e.p』インタビュー

冒頭は完全に“失恋ソング”として作られている

この曲が巧いのは、最初からプロポーズだと分からせないことです。

主人公が別れを口にする。

相手は泣いている。

それまで笑っていた二人の空気も変わる。

さらにタイトルが「エンドロール」。

ここまで条件が揃えば、聴き手は自然に、

「長く付き合った恋人と別れる歌なんだ」

と思います。

しかし、それこそがこの曲の仕掛けです。

映画で言えば、観客に「この二人は別れてしまう」と思わせておいて、物語の意味を途中から反転させるミスリード。

片岡健太がインタビューでタイトルについて意図的な仕掛けだった旨を語っていることからも、この驚きは偶然ではないと考えられます。

「曖昧な未来」との“さよなら”

最初の大きな転換点は、主人公が何に別れを告げているのかが見えてくる部分です。

主人公が終わらせたいのは、「君」との関係そのものではありません。

二人の未来が決まっていない状態です。

恋人として長く付き合っていても、

この先もずっと一緒なのか。
いつか別れるのか。
結婚するのか。
別々の人生を選ぶのか。

未来は保証されていません。

主人公は、その曖昧さを終わらせようとします。

だから「さよなら」は別れの言葉ではなく、

「もう未来を曖昧なままにしない」

という決意なのです。

“愛している”から別れる?最初のどんでん返し

普通の失恋ソングなら、「さよなら」の後には別れを受け入れる言葉が続きます。

しかし「エンドロール」では逆です。

主人公は相手への愛を強く確認し、その人と人生を共にしたいという意思を示します。

ここで聴き手は初めて、

「あれ? 二人は別れるんじゃないのか?」

と気づきます。

この瞬間、それまでの「さよなら」の意味がすべて書き換えられます。

悲しい別れではない。

恋人という関係の終了なのです。

一つの関係を終わらせることで、もっと長い関係を始める。

この逆転こそ「エンドロール」の最大の魅力でしょう。

「3年5ヶ月」という具体的な時間が生むリアリティ

二人が一時的な恋ではないことも、歌詞から分かります。

交際期間として示されるのは「3年5ヶ月」。

なぜ「長い間」ではなく、ここまで具体的な数字なのでしょうか。

おそらく重要なのは、この数字が二人の人生に生活感を与えることです。

3年以上一緒にいれば、楽しい日だけではなかったはずです。

喧嘩した日もある。

仕事が忙しくて会えない日もある。

何でもない会話だけで一日が終わることもある。

それでも隣にいた。

「3年5ヶ月」という具体性によって、この二人が夢の中の恋人ではなく、本当に日常を積み重ねてきたように感じられます。

なお、この数字を片岡健太本人の実際の交際期間だとする公式な根拠は確認できません。

歌詞がリアルだからといって、実体験と断定するのは避けるべきでしょう。

なぜ曜日ごとの生活が描かれるのか

「エンドロール」の中盤では、曜日ごとの何気ない暮らしが思い描かれます。

ゴミを出す日。

仕事で帰りが遅くなる日。

家で食事をする日。

映画を見る夜。

デートする休日。

プロポーズソングと聞くと、普通は結婚式や指輪、永遠の愛といった華やかな言葉を想像します。

しかしsumikaが描くのは、驚くほど普通の日常です。

ここがこの曲の素晴らしいところです。

結婚とは、結婚式の一日だけではありません。

むしろその後に続く、何千日もの普通の日々です。

主人公が「君」と共有したいのは、特別なイベントだけではない。

ゴミを出したり、働いたり、ご飯を食べたりする日常そのものなのです。

つまりこの歌で語られる「一緒に生きたい」とは、

「幸せな瞬間だけを共有したい」

という意味ではありません。

「何でもない毎日まで一緒に生きたい」

という告白なのです。

“人生というロードムービー”とエンドロール

この曲では、人生が長い映画のように捉えられています。

ここでタイトル「エンドロール」とつながります。

二人が付き合ってきた3年5ヶ月も、一つの映画だった。

出会って、笑って、喧嘩して、支え合ってきた。

そして今、その映画にエンドロールが流れようとしている。

しかし、それは人生そのものの終わりではありません。

恋人編の終了です。

エンドロールが終わったあとには、新しい映画が始まる。

次の作品では「君」は恋人ではなく、人生そのものを一緒に歩くパートナーになる。

そう考えると「エンドロール」というタイトルは、「終わり」ではなく「次の物語へ進むための区切り」を意味しているように見えてきます。

「左手」が示唆するもの

後半では「君」の左手が印象的に描かれます。

ここもプロポーズという解釈を強く補強するポイントです。

もちろん、歌詞そのものに指輪という言葉が明示されているわけではありません。

そのため、

「左手=必ず婚約指輪」

とまで断定する必要はないでしょう。

しかし、相手が主人公の言葉を受け入れ、その直後に左手が強調されることを考えると、結婚のイメージを重ねるのは非常に自然です。

特に、この曲が片岡健太本人からプロポーズの曲として語られていることを踏まえると、左手という描写は意図的な演出として読むことができます。

「君の涙」は失恋の涙ではなかった

そして冒頭から何度も描かれる「君」の涙。

最初に聴いたときは、

「別れを告げられた悲しみの涙」

に見えます。

しかし曲を最後まで聴いたあとに冒頭へ戻ると、意味が変わります。

これは悲しいだけの涙ではありません。

驚き。

不安。

緊張。

そして喜び。

さまざまな感情が重なった涙だったと読み直すことができます。

つまり「エンドロール」は、曲を最後まで聴いたあと、もう一度最初から聴きたくなる構造になっているのです。

一周目と二周目では、同じ場面なのに意味が変わる。

映画的な仕掛けを持った歌だと言えるでしょう。

「今までの二人」に別れを告げるということ

ラストでようやく、「さよなら」の本当の相手がはっきりします。

別れるのは「君」ではない。

これまでの二人です。

恋人として過ごしてきた二人に別れを告げる。

そして新しい関係へ進む。

ここまで来て初めて、

タイトルの「エンドロール」
冒頭の「さよなら」
君の涙
主人公の決意

が一つにつながります。

一つの物語が終わった。

だからエンドロールが流れる。

しかし席を立つ必要はありません。

すぐに二人の次の物語が始まるからです。

「永遠」を語るのではなく“毎日”を語るプロポーズ

「エンドロール」が普通のウェディングソングと少し違うのは、抽象的な永遠だけを描かないところです。

人生には晴れの日も雨の日もある。

仕事もある。

家事もある。

楽しくない日だってある。

主人公は、それらを全部理解したうえで「君」と生きたいと願っています。

だからこの曲の愛は、

「永遠に幸せにします」

という理想だけではありません。

「面倒な日常まで一緒に過ごしたい」

という、より現実的な愛です。

結婚とは派手なゴールではなく、生活のスタート。

sumikaは、その当たり前だけれど忘れがちなことを「エンドロール」という逆説的なタイトルで描いているのではないでしょうか。

ショートフィルムにも込められた“人生は映画”という視点

「エンドロール」には、南沙良と清原翔が出演する約10分のショートフィルムも制作されています。

ソニーミュージックの公式情報では、二人は「夢や現実に向き合いながら悩む恋人同士」を演じています。

片岡健太が以前から抱いていた「映画を作りたい」という思いを形にした作品でもあり、楽曲だけでなく映像そのものが“映画”として作られている点も興味深いところです。

歌詞には人生をロードムービーとして捉える視点がある。

曲名は「エンドロール」。

そして実際にショートフィルムまで制作された。

楽曲と映像を合わせて見ることで、この曲がなぜ映画的な言葉で構成されているのかがさらに分かりやすくなります。

参考:ソニーミュージック『Music Video Tree Vol.3』

「エンドロール」は失恋ソング?

結論として、「エンドロール」を失恋ソングと捉えるのは曲全体の意味とは異なります。

冒頭だけなら、そのように聞こえるよう意図的に作られています。

しかし歌詞を最後まで読むと、

恋人との別れ
ではなく
恋人関係との別れ

であることが分かります。

しかも片岡健太本人も『Harmonize e.p』発売時のインタビューで、プロポーズの曲としてこの作品について語っています。

つまり「失恋に見せかける」という仕掛けそのものが、この曲の魅力なのです。

まとめ|「エンドロール」は“終わることで始まる”プロポーズソング

sumika「エンドロール」は、タイトルと冒頭だけを見れば切ない失恋ソングです。

しかし本当の物語は正反対。

主人公は愛する人と別れようとしているのではありません。

二人の未来が決まっていない状態に別れを告げ、

「これからの人生を一緒に生きよう」

と決意しています。

恋人として過ごした3年5ヶ月。

それが一本目の映画です。

その映画はいったん終わり、エンドロールが流れる。

しかし二人の人生は終わらない。

次に始まるのは、恋人同士だった二人が人生のパートナーとして歩いていく、もっと長いロードムービーです。

だからこの曲の「さよなら」は悲しい言葉ではありません。

「今までの僕ら、ありがとう」

という卒業の言葉なのではないでしょうか。

終わるから、始められる。

別れを告げるから、一生一緒にいられる。

「エンドロール」という一見寂しいタイトルの中に、これほど幸福な未来を隠したところに、この曲最大の魅力があります。

参考資料

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