離れたほうがいいと感じているのに、相手のことをもっと知りたくなる。先が見えない関係だからこそ、心がそこから離れられなくなる。
ROIROMの「MISTIA」は、そんな恋の矛盾を描いた楽曲です。霧に包まれた森のように、近づくほど周囲が見えなくなる世界。その中で、語り手は自分の気持ちをどこまで理解しているのでしょうか。
本記事では、霧と森の比喩、危うさへの自覚、そして終盤の言葉の変化に注目し、「MISTIA」を読み解きます。
※作品情報は2026年10月18日時点の公開資料に基づきます。歌詞の解釈は、制作側の説明として紹介する箇所を除き、本記事独自の考察です。
「MISTIA」の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| アーティスト | ROIROM |
| 曲名 | MISTIA |
| 先行配信日 | 2026年10月8日 |
| CD発売日 | 2026年10月28日予定 |
| 作詞・作曲・編曲 | 中村泰輔 |
| 作品上の位置づけ | 1stシングルの表題曲 |
配信日、CD発売日、制作クレジットは、ビクターエンタテインメントの公式アーティストページで確認できます。ビクターエンタテインメント
BARKSの楽曲紹介では、複雑な恋の感情に抗いながらも惹かれてしまう心情を描いた作品と説明されています。以下では、その揺れが歌詞の中でどのように表現されているかを考察します。BARKS
タイトル「MISTIA」は、見通せない恋への呼びかけとして読める
タイトルの意味を考える手がかりになるのが、歌詞に登場する霧のイメージです。
今回確認した公式資料では、「MISTIA」という言葉の語源や定義の説明は見当たりません。そのため、ここでは辞書的な意味を定めず、曲の中で果たす役割に注目します。
この言葉は、繰り返し呼びかけられる対象になっています。そこには、相手を求める響きと、正体のわからないものに引き寄せられる響きの両方を感じ取れます。
恋をしていると、目の前にいる人への想いと、自分の中で膨らませた相手のイメージが重なることがあります。何を考えているのか知りたい。その一方で、わからない部分に強く心を動かされてしまう。
「MISTIA」は、そうした相手と謎が重なった存在への呼びかけとして読むことができるでしょう。
「霧」が表すのは、恋によって変わる視野
歌詞では、霧の濃さと、愛だけに意識が向かう感覚が結びついています。歌ネット掲載の歌詞で確認できる、この曲の中心的なイメージです。www.uta-net.com
霧の中では、周囲に何があるのか、どこへ進めばよいのかを判断しにくくなります。恋に置き換えるなら、関係の行方や自分の立場がわからない状態と重なるでしょう。
しかし、見通しが悪くなっても、語り手の想いは薄れていきません。むしろ、ほかのことが見えにくくなるぶん、相手への気持ちが心を占めていくように読めます。
ここから考えられるのは、恋の強さと、相手をよく理解していることは必ずしも一致しないということです。
相手について知る情報が少なくても、考える時間だけは増えていく。返事を待ちながら、わずかな言葉や表情に何度も意味を探す。そうした経験を思い浮かべると、霧は恋を美しく包む風景であると同時に、判断の難しさを表す比喩にもなります。
愛が大きくなったのか。それとも、愛以外へ目を向ける余裕がなくなったのか。「MISTIA」は、その違いを簡単には決められない心の状態を描いているように感じられます。
「森」は、相手の心と二人の関係が重なる場所
霧とともに登場する森は、語り手が入り込んでいく世界を表していると考えられます。
森には、外から眺めているだけではわからない奥行きがあります。一歩進めば新しい景色が現れ、その先を確かめたくなる。その構造は、相手をもっと知りたいという気持ちによく似ています。
ただ、相手を知りたいという願いには、ひとつの難しさがあります。近づけば、すべてが明らかになるとは限らないことです。
話をするほど、知らなかった一面に出会う。親しくなったからこそ、踏み込んでよい範囲がわからなくなる。相手の心にも、二人の関係にも、簡単な地図はありません。
このように読むと、森は相手の内面だけでなく、二人の間に生まれた関係そのものの比喩にもなります。
そして、歌詞から直接わかるのは、主に語り手がどう感じているかです。相手の本心を断定するよりも、相手を理解しようとして迷う語り手の姿に注目することで、曲の切実さが見えてきます。
危うさを自覚していても、気持ちは止まらない
この曲の語り手は、関係の危うさに気づいています。その自覚を持ったまま、相手を求めてしまうところに葛藤があります。
頭で理解することと、気持ちが納得することには、時間の差が生まれます。関係の先を冷静に考えようとしても、次に相手と会えたときの喜びを想像してしまう。その期待が、離れる判断を難しくすることもあるでしょう。
「MISTIA」をこうした心の動きとして読むと、語り手の中に複数の願いがあることに気づきます。
自分を守りたい。けれど、相手にも近づきたい。傷つきたくない気持ちも、相手を知りたい気持ちも、どちらも簡単には手放せません。
**危うさを言葉にできるからといって、その感情を制御できるわけではない。**この隔たりが、曲に緊張感を与えているのではないでしょうか。
終盤の「戻れはしない」は、恋が自分を変えたという認識
終盤で注目したいのが、「戻れはしない」という表現です。
それまでの、相手を求めてしまう気持ちに加え、もとの場所へは戻れないという認識が現れます。欲求だけでなく、今の自分がどこまで来たのかを見つめる言葉として受け取れます。
ここでいう「戻る」は、相手から物理的に離れることだけを意味するのでしょうか。
一つの解釈として考えられるのは、**相手と出会う前の自分には戻れない、ということです。**誰かの存在が日々の過ごし方や物の見方に深く入り込むと、その人を知らなかった頃と同じ感覚では暮らせなくなります。
関係の結末がまだ決まっていなくても、恋を経験した自分は、すでに変わっている。その変化への気づきとして読むと、この言葉には諦めだけでなく、驚きや戸惑いも感じられます。
ただし、曲は二人のその後を明確に説明してはいません。戻れないという感覚の先に何があるのか。その答えを残すことで、聴き手もまた、語り手と同じ見通しの悪さを感じるのかもしれません。
刑事と灯台のモチーフは、歌詞とどうつながるのか
BARKSの紹介によると、今作のビジュアルには、ROIROMが掲げる「人を導く存在になりたい」という想いを軸に、刑事や灯台のモチーフが使われています。MVは、本多大夢と浜川路己が刑事の相棒同士を演じる設定です。BARKS
刑事は、わからない出来事について手がかりを集め、真実に近づこうとする存在です。灯台は、暗い場所で進む方向を示す存在といえます。
この設定を歌詞と重ねると、何が真実なのか、どこへ向かえばよいのかを探すという共通点が見えてきます。もっとも、MVの人物と歌詞の登場人物を一対一で対応させる必要はありません。
歌詞を読んでからMVを見ると、謎を解く行為と、相手の気持ちを知ろうとする行為の似ている部分に目が向くでしょう。映像のモチーフを手がかりに、歌の中の迷いを別の角度から捉えることができます。
「MISTIA」が残す、愛と不確かさの余韻
「MISTIA」の恋は、相手を求める気持ちが強まっても、不安がきれいに消えていくわけではありません。
霧は視野を狭め、森は先の見えない奥行きをつくる。その中で語り手は、相手への想いと、自分が変わってしまった感覚を抱えています。
誰かを深く想っているとき、自分は相手をどこまで知っているのか。その気持ちによって、何を見つめ、何を見失っているのか。
この曲は、そんな問いを残します。危うさを自覚する声と、それでも惹かれていく心が同時に聞こえること。その揺れに、「MISTIA」の切なさがあるのではないでしょうか。


