【Pink Floyd】アルバム「Atom Heart Mother(原子心母)」の批評と解説。

今回はメインソングライターであるシド・バレットを失ったピンクフロイドがバンドの新たな扉を開ける作品となった「Atom Heart Mother(原子心母)」を紹介したい。
この作品がピンク・フロイドにとってどういった作品だったのか、そしてバンド活動において中心人物の離脱とは何を意味するのか、様々なバンドのケースも絡めてこのアルバムをちょっと違った視点から見ていこう。

バンド活動における中心人物・中枢の離脱について

バンドには大体「中心人物」が存在する。

それは「リーダー」と呼ばれる場合もあるし、リーダーを立てずに民主的なやり方で活動を続けるバンドもあるが、その場合でも「メインソングライター」だとか「バンドの方向性を決定づける人物」がいたりすると自然とそのメンバーの存在感は増してゆく。

私が知る限り、様々な意味でメンバーが完全に平等な力関係を持つバンドというのは存在しない。
レッド・ツェッペリンはかなり平等に近い気はするが、やはりジミー・ペイジが中枢と言えるだろう。
バンドというものは誰かが他のメンバーやスタッフを引っ張らないと進まないのである。

バンドが活動を続ける中で、その中枢が失われることが時々ある。
失われる原因は大きく分けて二つ、脱退か死去、いずれかである。
数少ない例外の一つにビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンがいる。
幻の作品「スマイル」の制作が頓挫した後、それまでビーチ・ボーイズを牽引していたブライアンは脱退したわけでも死んだわけでもなかったが活動に参加しない時期があった。
それでも残されたビーチ・ボーイズのメンバーは力を合わせて多くの名作を作った。
そのうちブライアンも時々ビーチ・ボーイズに参加したりしなかったりした。
不思議なバンドである。
ずっといるのは現在「ザ・ビーチ・ボーイズ」という名義を実質的に所有しているマイク・ラヴだけだ。
カール・ウィルソンはだいぶ前に死んでしまったし、デニス・ウィルソンはそのもっと前に死んだ。
アル・ジャーディンは初期に一時期脱退していた時があった。

バンドのメンバーが欠けることはよくあることで、中枢とは言えないメンバーが欠けただけで解散や活動停止をするバンドもあるし、ヘヴィ・メタルのバンドなんかだと結成メンバー・オリジナルメンバーが存在しないバンドがいたりする。
中枢を失うと、解散するか、活動を停止するのが大半だ。
そんな中で、活動を続けて尚且つ成功を収めるバンドもいる。
カリスマ的存在感を放っていたイアン・カーティスを失ったジョイ・ディヴィジョンはイマイチ頼りない残りのメンバーがニュー・オーダーと名前を変え、「ブルー・マンデー」という素晴らしい曲を作り、その後もヒットを飛ばして世界的なバンドになった。
AC/DCもボン・スコットを亡くした後、ブライアン・ジョンソンを入れてロック史に輝く名盤「バック・イン・ブラック」を作り上げた。
日本のバンドでもフジファブリックはボーカルでありメインソングライターでもあった志村正彦を亡くした後、新しいメンバーを入れずにギターの山内総一郎がボーカル兼任となり、活動を続けている。

でも大体の場合、中枢を失ったバンドは活動を止める。
フレディ・マーキュリーのクイーン、マーク・ボランのT・レックス、カート・コバーンのニルヴァーナ。
どのバンドも活動を大幅に縮小するか、完全に停止するかのいずれかだった。

シド・バレットという唯一無二の存在を失ったピンク・フロイド

中枢を失ったバンドの一つにピンク・フロイドがある。
結成の中心人物であり、メインソングライターであり、稀代のカリスマだったシド・バレットが精神を病んで脱退したのはセカンドアルバム「神秘(A Saucerful Of Secrets)」のレコーディングの最中だった。
デビュー・アルバム「夜明けの口笛吹き(The Piper at the Gates of Dawn)」がヒットし、これから成功への道を駆け上がろうとしていた矢先の事である。
原因はドラッグの過剰摂取とも、生来のアスペルガー症候群とも言われていて真実はもはや知り得ないところであるが、兎に角シド・バレットはピンク・フロイドから姿を消した。
どうやらシドの様子がおかしいぞと感じた他のメンバーは先手を打ってデヴィッド・ギルモアという代役を加入させていて、シドという中枢を失ってもバンドは活動を止めなかった。
今までバンドの大半の楽曲を作り、唯一無二のサイケデリック・ロックのアイコンとして名を馳せたシドを失ったが、ロジャー・ウォーターズにはイメージがあったのだと思う。
そして、ウォーターズを中心にピンク・フロイドは再出発を図る。

新たな扉への模索、そして確信

ピンク・フロイドはまずヌーヴェル・ヴァーグの旗手、ジャン・リュック・ゴダールの助監督も務めたバーベット・シュローダーによる映画「モア」のサウンドトラックを担当し、同名のアルバムをリリースした。
「神秘」はまだシドの残滓が残っていたが、「モア」にシドの姿はない。
ウォーターズを中心に曲を持ち寄り、13曲を収録したこのアルバムでピンク・フロイドは新しいステップを一歩踏み出す。
「モア」は後の「狂気」や「ザ・ウォール」の様な大作志向ではなく、映画のための楽曲を集めた作品で曲ごとに色がガラリと違う。
サイケデリック、ハードロック、フォーク、アンビエント、即興、ブルース、カントリー。
ピンク・フロイドとしてそれらを昇華させる前の、各メンバーの根源を出した作品集となっている。
次作の2枚組アルバム「ウマグマ」のディスク1は過去音源のライヴ盤、ディスク2は主に各メンバーのソロ作品集となっていて、バンドはまだ新しい扉を開いた印象はない。
そして次のアルバム「Atom Heart Mother(以下、原子心母)」でピンク・フロイドは後の大作志向に繋がる要素を取り入れ、次作「Meddle(おせっかい)」に収録された大作「Echoes」を生み出す準備段階に入るのである。
「原子心母」なくしては「Echoes」も「狂気」も「ザ・ウォール」も「Shine On You Crazy Diamond」も生まれなかったであろう。
牛の写真が印象的なアートワークはセカンドアルバム「神秘」でピンク・フロイドを手掛けたヒプノシスが再び担当。
表題曲である「Atom Heart Mother」の原型に満足していなかったバンドは前衛音楽家、ロン・ギーシンの手を借りて23分にも及ぶロック・オーケストラを完成させた。
さながらクラシック楽曲の様に6つの楽章に分かれた「Atom Heart Mother」は主に管楽器とコーラス隊によりクラシックの手法で編曲されている。
メロディは確かに後へと繋がるピンク・フロイドのメロディそのものだ。
しかし、まだまとまりがない。
それはバンドの新たな中枢であり、完璧主義者であったロジャー・ウォーターズではなく、ロン・ギーシンという外部の人間の手が入った作品というところに理由があると思う。
バンドが弱いのだ。
ドラムスも、ギターも、キーボードも、管楽器やコーラスに押されている。
後の「Echoes」や「Another Brick in the Wall」、「Shine On You Crazy Diamond」はピンク・フロイドが様々な要素を従えていると強く感じられる。
「原子心母」にはまだそれが感じられない。
まだウォーターズの思い描く世界は表現できていない、後の作品を知る方の中にはそう感じる方も多いのではないだろうか。

名作の根元に「原子心母」あり

しかし、「原子心母」なくして後のピンク・フロイドはありえないのだ。
組曲「Atom Heart Mother」なくして「Echoes」は存在しないし、2曲目の「If」なくして「Goodbye Blue Sky」は生まれなかったと思う。
4曲目の「Fat Old Sun」はどこか「Wish You Were Here」を思わせる。

後のピンク・フロイドが作り上げた名作の根元には「原子心母」がある。
そう言い切ってしまっても差し支えはないだろう。
この作品でピンク・フロイドはシド・バレットの幻影から脱却し、バンドの新たな扉を開いた。
そしてそれは、ロジャー・ウォーターズという新たな中枢の誕生の瞬間でもあった。
ウォーターズ主導のピンク・フロイドは多くの名作・大作を世に送り出し、世界的なバンドへと成長していく。
そして、そのウォーターズもバンドを去り、ピンク・フロイドは2度目の中枢喪失という状態になるのだが、その話はまた今度。

「原子心母」を未聴の方は是非、第二期ピンク・フロイドの礎となるこのアルバムを聴いてみて欲しい。