羊文学の「恋なんて」は、2022年にリリースされた曲であり、ドラマ『恋なんて、本気でやってどうするの?』の主題歌としても話題を呼びました。羊文学にとっては珍しく、“恋愛”を真正面から扱った楽曲でありながら、その描き方は一筋縄ではいきません。本記事では、楽曲の歌詞に込められた意味を丁寧に読み解きながら、サウンドとともに表現される“恋の本質”について掘り下げていきます。
1. 「恋なんて」というタイトルの意味:軽んじながらも傷つく恋の実像
タイトルにある「恋なんて」という言葉には、どこか投げやりで皮肉めいた響きがあります。まるで恋愛を軽視するかのような表現ですが、実際の歌詞を読み進めていくと、決して軽い気持ちで語られているわけではないことがわかります。
この「なんて」という語尾には、恋愛に疲れた、もしくは裏切られた経験を経た人物の、虚しさや諦念が込められているようにも思えます。恋愛に対して夢や希望を抱けない心情が滲み出ており、その“軽んじようとする感情”こそが、深く傷ついている証であるという逆説的な構造を持っています。
2. 歌詞に描かれる “終わりゆく関係” と主人公の感情の振れ幅
歌詞全体を通して、恋の最中というよりも「恋が終わる瞬間」や「終わった後の感情」が主題になっています。相手の気配が遠ざかっていく不安、もう愛されていないのではという疑念、自分の気持ちさえ定かでない混乱。これらの感情が断片的かつリアルに描かれており、聴き手に強い共感を呼びます。
特に印象的なのは、「それでもまだ好きだった」「誰かに触れてほしかった」というような、矛盾する心の動きです。終わりを悟っていながらも、まだ少しの希望や愛情を捨てきれずにいる。この振れ幅の大きさが、歌詞に深いリアリティを与えています。
3. “呪いでもあり祈りでもある”恋愛観:羊文学らしい矛盾の表現
ボーカル塩塚モエカが語るように、この楽曲には「呪いでもあり、祈りでもあるような歌にしたかった」という意図が込められています。これはまさに、羊文学らしい“二面性”の表現であり、恋愛という行為そのものの矛盾や複雑さを象徴しています。
恋をすることは、相手を想う純粋な気持ち(祈り)であると同時に、自分の感情を相手に押し付ける身勝手さ(呪い)でもあります。この曲では、そうした人間の感情の不安定さや、恋愛が持つ危うさが、美しくも痛切に描かれているのです。
4. 音と歌詞が共鳴する構成:シンプルな言葉で綴る日常と逃避
「恋なんて」の魅力は、歌詞の内容だけでなく、それを支えるサウンドとの融合にもあります。静かに寄り添うようなイントロ、サビでのエモーショナルな展開、そしてリズムの緩急が、歌詞の感情の起伏と絶妙にリンクしています。
歌詞そのものは比較的平易な言葉で綴られており、日常の延長線上にある恋の一場面を切り取っているような印象を与えます。しかしその平易さこそが、かえって感情の深さを際立たせており、聴き手自身の体験に重ねやすい構造となっています。
5. なぜこの曲がバンド史上“恋愛を歌う珍しい一曲”なのか:作品背景と位置づけ
羊文学はこれまで、内省的で抽象的な世界観を持つ楽曲が多く、いわゆる“恋愛ソング”とは一線を画すスタイルを保ってきました。そんな彼らが、明確に“恋”をテーマに据えたこの曲は、ある意味で異色の存在といえます。
しかし、その異色性こそが「恋なんて」を特別なものにしています。バンドとしての成長や表現の幅を広げたこと、そしてドラマとのタイアップによって生まれた“他者の物語を受け止める”視点が、この曲を通じて新たに示されています。
Key Takeaway
「恋なんて」は、ただの恋愛ソングではありません。傷つきながらも誰かを想い続けることの痛みと優しさを、“呪い”と“祈り”という相反する視点から描き出す、羊文学ならではの深い作品です。恋に翻弄されることすらも、人生の一部として美しく描こうとするその姿勢は、多くの人の心に響くことでしょう。


