オーイシマサヨシ「ポケモンオールスターズ1025」は、そのタイトル通り、1025匹ものポケモンが登場する異例の楽曲です。
約22分。
歌われるポケモンは1025匹。
数字だけを見ると、
「ポケモンの名前をどこまで歌えるか」
という超大型企画のようにも思えます。
しかし、最後まで聴いてみると、この曲の本当のテーマは“暗記”ではないことが分かります。
中心にあるのは、
どんなポケモンにも、そのポケモンを大切にしてきた誰かの思い出がある
という考え方です。
有名なポケモンもいる。
対戦で活躍したポケモンもいる。
ゲームの途中で一度だけ出会ったポケモンもいる。
子どもの頃から好きだった一匹もいれば、大人になってから好きになった一匹もいるでしょう。
それらを人気や強さで選別せず、1025匹すべてを同じ一曲の中へ迎え入れる。
だから「ポケモンオールスターズ1025」は、
30年間に生まれた無数の“ポケモンとの思い出”そのものを祝う歌
なのだと考えます。
※本記事には、公式情報や楽曲全体の構成をもとにした独自の考察が含まれます。作者の意図を断定するものではありません。
- 「ポケモンオールスターズ1025」とは?
- 【結論】1025匹を歌う理由は「すべての出会いを主役にするため」
- なぜ歌詞ではポケモン図鑑順に並んでいないのか?
- 世代をバラバラに混ぜることで「自分のポケモン史」が生まれる
- 「みんなが主役」という言葉が、この曲のすべてを説明している
- 「オールスターズ」なのに選抜しないのが面白い
- 「出会い」がこの曲の本当のキーワード
- なぜ約22分も必要だったのか?
- 1025匹目を歌い終えたオーイシマサヨシが泣いた理由
- MVのスクラップブックは「思い出」というテーマを視覚化している
- 「ポケモン言えるかな?」から約30年後の答え
- 子ども向けのお祭りソングなのに、大人ほど刺さる理由
- 213匹版から1025匹版へ完成したことにも意味がある
- 「ポケモンオールスターズ1025」が伝えていること
- まとめ|「ポケモンオールスターズ1025」は1025匹ではなく、1025通りの思い出を歌う曲
「ポケモンオールスターズ1025」とは?
「ポケモンオールスターズ1025」は、ポケモン30周年を記念して制作された音楽プロジェクトです。
『ポケットモンスター 赤・緑』から『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット ゼロの秘宝』までに登場した1025匹のポケモンが、楽曲とミュージックビデオに登場します。
2026年4月には、まず213匹が登場する「ポケモンオールスターズ1025 (213/1025)」が公開。
その約5か月後となる2026年9月4日、ついに1025匹全員を収録したフルバージョンが配信されました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 楽曲 | ポケモンオールスターズ1025 |
| アーティスト | オーイシマサヨシ |
| 配信日 | 2026年9月4日 |
| 作詞 | 大石昌良、eba、Pokémon Music Spotlight |
| 作曲・編曲 | 大石昌良、eba、高尾奏之介、岸田勇気、うたたね歌菜 |
| 登場するポケモン | 1025匹 |
| MV | 約22分 |
| 企画 | ポケモン30周年 |
公式によると、MVには1025匹それぞれのために手作業で制作されたスクラップブックが登場し、ゲーム、カードゲーム、アニメなど歴代作品のアートワークが使用されています。
単なる楽曲ではなく、ポケモン30年の歴史そのものを一冊のアルバムにまとめるようなプロジェクトなのです。
【結論】1025匹を歌う理由は「すべての出会いを主役にするため」
この曲の意味を一言で表すなら、
どんなポケモンとの出会いも、誰かにとってはかけがえのない冒険だったと肯定する歌
だと考えます。
重要なのは、「1025」という数字です。
普通なら、一曲の中に登場させるポケモンを選ぶでしょう。
ピカチュウ。
リザードン。
イーブイ。
歴代御三家。
伝説のポケモン。
人気ランキング上位のポケモン。
そうすれば、もっと短く、もっと分かりやすい曲を作ることもできます。
しかし「ポケモンオールスターズ1025」は、それをしませんでした。
1025匹。
全員です。
ここに、この曲の思想があります。
“代表選手”を選ばない。
人気のあるポケモンだけを残さない。
誰かにとって大切だったかもしれない一匹を、勝手に脇へ追いやらない。
オーイシマサヨシ自身も、この楽曲では「仲間外れを作りたくなかった」という趣旨を語り、すべてが主役であることを大きなテーマにしたと明かしています。
つまり1025匹という数字は、単に「たくさんいる」というインパクトのためではありません。
一匹も置いていかないこと自体が、この曲のメッセージなのです。
なぜ歌詞ではポケモン図鑑順に並んでいないのか?
「ポケモンオールスターズ1025」を聴いていて面白いのが、ポケモンが単純な図鑑番号順に登場しないことです。
初代のポケモンが出てきたかと思えば、新しい世代のポケモンが現れる。
進化系がまとまる場所もあれば、名前の響きによって全く違うポケモン同士がつながる場所もあります。
たとえば、
パモ→パモット→パーモット
ゴチム→ゴチミル→ゴチルゼル
ギアル→ギギアル→ギギギアル
といった進化の流れが、そのまま音楽的な気持ちよさにつながっている箇所があります。
一方で、似た音を持つ名前が次々と接続される場面もあります。
「キング」を名前に持つポケモンが続いたり、「オー」という響きが連鎖したり、語尾が似ているポケモンが集められたりする。
歌詞全体を見ると、ポケモンの名前そのものを、
意味ではなく“音”として再発見している
ことが分かります。
これは非常にオーイシマサヨシらしい作り方です。
1025匹をただ読み上げれば、図鑑の音読になってしまいます。
しかし、
韻。
語感。
進化。
タイプ。
設定上のつながり。
そうした関係を利用することで、ポケモンの名前そのものがリズムになります。
つまりこの曲では、
ポケモンの名前が歌詞なのではなく、ポケモンの名前そのものが楽器のように使われている
とも言えるでしょう。
世代をバラバラに混ぜることで「自分のポケモン史」が生まれる
図鑑順ではないことには、もう一つ大きな効果があります。
それは、
世代の境界が消えること
です。
もし初代から順番に歌った場合、
初代。
金・銀。
ルビー・サファイア。
ダイヤモンド・パール。
と、ポケモンの歴史を年代順に振り返る歌になります。
それも一つの方法でしょう。
しかし「ポケモンオールスターズ1025」は、必ずしもその方法を選びません。
昔のポケモンと新しいポケモンが、同じフレーズの中に並びます。
すると聴いている側では、不思議な現象が起こります。
「このポケモン知ってる」
「これは使っていた」
「これは最近のポケモンだ」
「これは子どもの頃に好きだった」
という記憶が、時代を飛び越えて次々と呼び起こされていくのです。
ポケモンを30年間ずっと遊び続けた人ばかりではありません。
初代だけ遊んだ人。
途中で一度離れた人。
『Pokémon GO』から戻ってきた人。
子どもと一緒に再び遊び始めた人。
最近になって初めてポケモンを知った人。
それぞれの人生によって、「知っているポケモンの地図」は違います。
だからこそ世代を混ぜることで、
公式の30年史ではなく、一人ひとりの30年史
が立ち上がってくるのだと思います。
「みんなが主役」という言葉が、この曲のすべてを説明している
1025匹もの名前が登場する中で、楽曲には何度も「みんなが主役」という考え方が戻ってきます。
ここが「ポケモンオールスターズ1025」の核心です。
ゲームには当然、強いポケモンとそうでないポケモンがいます。
ストーリー上で重要なポケモンもいます。
グッズが大量に作られる人気者もいれば、普段はあまり注目されないポケモンもいます。
しかし、プレイヤーの思い出までランキングにすることはできません。
たとえば、世界的にはそれほど人気上位ではないポケモンでも、
初めて捕まえた。
初めてレベル100まで育てた。
旅の最後まで手持ちに入れていた。
友達にもらった。
色違いに偶然出会った。
苦戦したジム戦を勝たせてくれた。
そんな記憶があれば、その一匹はその人にとって特別な存在です。
ゲームの中では脇役に見えるポケモンでも、
誰かの記憶の中では主役になれる。
それこそが、この曲が1025匹全員を登場させる意味なのでしょう。
「オールスターズ」なのに選抜しないのが面白い
タイトルにある「オールスターズ」も興味深い言葉です。
一般に「オールスター」と聞けば、
特に人気のある人。
特に優れた選手。
代表に選ばれた存在。
といった意味を想像します。
つまり通常のオールスターには、
「選ばれた人」と「選ばれなかった人」
が生まれます。
ところが、この曲は逆です。
1025匹全員をオールスターにしてしまう。
これはかなり大胆な発想です。
強いからスターなのではない。
人気があるからスターなのでもない。
物語の中心人物だからスターでもない。
存在して、誰かと出会った時点でスターになれる。
「ポケモンオールスターズ1025」というタイトルには、そんな価値観が込められているように感じます。
「出会い」がこの曲の本当のキーワード
この曲では、冒険の価値が「何を達成したか」ではなく、「どれだけ多くの存在と出会ったか」という方向から描かれています。
これはポケットモンスターという作品そのものにもよく似ています。
もちろんゲームには目的があります。
ポケモン図鑑を完成させる。
ジムバッジを集める。
チャンピオンになる。
悪の組織と戦う。
大会で勝つ。
しかし数年後に思い出すのは、必ずしもエンディングだけではありません。
最初に選んだポケモン。
道路で偶然出会ったポケモン。
なかなか捕まらなかった一匹。
友達と交換した一匹。
名前をつけて大切に育てた一匹。
つまりポケモンというゲームの記憶は、
「クリアした」という一本の線より、
たくさんの出会いが集まった点の集合
に近いのです。
1025匹の名前を延々と歌うという、一見すると無茶な構成だからこそ、その感覚が再現されています。
なぜ約22分も必要だったのか?
MVの長さは約22分。
現代のポップソングとして考えれば、異例の長さです。
オーイシマサヨシ本人も完成時のコメントで、その長さについてユーモアを交えながら驚きを語っています。
しかし、この曲では短くすることが正解ではありません。
むしろ22分という長さそのものに意味があります。
1025匹を全員登場させる。
誰も省略しない。
それを本気で実行すれば、当然長くなる。
つまり22分という長さは、
「全員が主役」という理念を最後まで曲げなかった結果
とも考えられます。
普通なら編集で削る部分を削らない。
有名なポケモンだけを残さない。
効率よりも「全員いること」を優先する。
だからこの曲は、一般的なヒットソングとは違う時間感覚を持っているのでしょう。
1025匹目を歌い終えたオーイシマサヨシが泣いた理由
この曲を考えるうえで非常に象徴的なのが、レコーディング終了時のエピソードです。
オーイシマサヨシは、1025匹目のポケモンを歌い終えた瞬間に号泣したことを明かしています。
本人によれば、レコーディングは「マラソン」のような感覚だったそうです。
そして、そのとき実際に泣きながら発した声を、録り直さず楽曲に残したと語っています。
ここは非常に重要だと思います。
なぜなら、「1025」という数字がただの企画上の数字ではなくなっているからです。
1匹。
また1匹。
さらに1匹。
それを積み上げ、本当に1025匹まで辿り着く。
歌っている本人自身が、一匹一匹との旅を経験しているような構造になっています。
だから最後に生まれた涙は、
「長いレコーディングが終わった」
という安堵だけではなく、
1025匹全員とゴールまで辿り着いた感覚
だったのかもしれません。
MVのスクラップブックは「思い出」というテーマを視覚化している
MVにも楽曲のテーマがそのまま表れています。
公式によれば、映像には1025匹それぞれのために手作業で作られたスクラップブックが登場。
ゲームだけではなく、カードゲームやアニメなど、歴代のさまざまなアートワークが使用されています。
なぜ普通のポケモン図鑑ではなく、スクラップブックなのでしょうか。
図鑑は「情報」を記録するものです。
番号。
タイプ。
高さ。
重さ。
生態。
一方、スクラップブックは「思い出」を残すものです。
写真。
切り抜き。
カード。
メモ。
その人にとって大切だったもの。
つまりMVは1025匹を、
データとして保存するのではなく、思い出として保存している
のではないでしょうか。
この違いは大きいと思います。
ポケモン30周年を記念するなら、歴代作品を年代順に紹介する映像を作ることもできたはずです。
しかし、そうではなくスクラップブックを選んだ。
そこには、
「30年間を振り返る」
だけではなく、
「あなたはこの30年間で誰と出会いましたか?」
という問いがあるように感じます。
「ポケモン言えるかな?」から約30年後の答え
ポケモンの名前を歌う曲と聞いて、多くの人が思い出すのが「ポケモン言えるかな?」ではないでしょうか。
1997年に登場した「ポケモン言えるかな?」も、ポケモンの名前をリズミカルにつないでいくことで大きな人気を集めました。
「ポケモンオールスターズ1025」の終盤でも、この歴史を思わせる言葉が登場します。
ただし、約30年を経て状況は大きく変わりました。
151匹だったポケモンは、1025匹へ。
ゲームだけだった世界は、アニメ、カード、映画、アプリなどへ広がりました。
子どもだったプレイヤーの中には、今では親になった人もいます。
だから「ポケモンオールスターズ1025」は、
「全部言える?」
という挑戦だけでは終わりません。
むしろ、
「今でも覚えている?」
「どのポケモンと旅をした?」
「今もポケモンを楽しんでいる?」
と、30年後のプレイヤーへ問いかける歌になっています。
151匹を覚える遊びから始まったものが、
1025匹との思い出を振り返る歌へ変わった。
その変化そのものが、ポケモンが歩んできた30年なのかもしれません。
子ども向けのお祭りソングなのに、大人ほど刺さる理由
曲調だけを聞けば、非常に明るいお祭りソングです。
テンポよく名前が飛び出し、次は誰が出てくるのかを楽しめます。
子どもが歌っても楽しいでしょう。
しかし、この曲には大人のポケモンファンほど感じやすい別の感情があります。
それが「時間」です。
昔遊んだソフト。
当時一緒に遊んだ友達。
攻略本を読んでいた部屋。
ゲームボーイの画面。
初めて映画を観に行った日のこと。
カードを交換した放課後。
ポケモンの名前は、単なる固有名詞ではありません。
それを聞いただけで、当時の風景まで思い出すことがあります。
だから1025匹の名前が次々に流れてくるこの曲は、
聴く人によっては、
自分の人生を22分かけて巻き戻していく歌
にもなるのです。
明るい曲なのに、少し泣きそうになる。
その理由は、ポケモンの歴史と自分自身の時間が重なってしまうからなのでしょう。
213匹版から1025匹版へ完成したことにも意味がある
2026年4月に最初に公開されたのは、1025匹中213匹を収録したバージョンでした。
公式も当時、どのポケモンがどんな順番で登場するかを予想して楽しんでほしいと案内していました。
つまりこのプロジェクトは、最初から完成品だけを見せたわけではありません。
213。
そして1025。
完成までの途中経過そのものを、ファンと共有しています。
この形式もポケモンらしいものです。
ゲームも最初から図鑑が完成しているわけではありません。
一匹と出会う。
捕まえる。
また次の一匹と出会う。
少しずつ図鑑が埋まっていく。
「ポケモンオールスターズ1025」というプロジェクト自体が、
ポケモン図鑑を完成させていく体験
のように設計されていたとも考えられます。
そして2026年9月、ようやく1025匹が揃った。
だから完成した瞬間には、単なる新曲リリース以上の達成感が生まれるのです。
「ポケモンオールスターズ1025」が伝えていること
この曲が面白いのは、
「誰が一番強いのか」
「誰が一番人気なのか」
という話をほとんど必要としていないことです。
1025匹がいる。
それだけでいい。
その中に、あなたの好きな一匹がいる。
それだけで、そのポケモンは主役になれる。
これはポケモンだけに限った話ではないのかもしれません。
目立つ人。
評価される人。
勝つ人。
有名になる人。
現実では、どうしても一部の人だけが「主役」に見えることがあります。
しかし人生を個人の記憶から見れば、話は違います。
誰かに助けてもらったこと。
誰かと過ごしたこと。
たった一度会った人から影響を受けたこと。
そうした出会いの積み重ねによって、自分の人生は作られている。
だから、
主役とは最も目立つ存在ではなく、誰かの物語に残った存在なのかもしれません。
1025匹ものポケモンを一曲に詰め込んだ荒唐無稽な企画の奥には、意外なほど優しい考え方があります。
まとめ|「ポケモンオールスターズ1025」は1025匹ではなく、1025通りの思い出を歌う曲
オーイシマサヨシ「ポケモンオールスターズ1025」は、一見すると「ポケモンの名前を1025匹すべて歌う」という超大型のお祭りソングです。
しかし、本当に歌われているのは名前だけではないと思います。
ピカチュウには、ピカチュウとの思い出がある。
知らない人には何でもない一匹でも、誰かにとっては忘れられない相棒かもしれない。
昔好きだった一匹。
今好きな一匹。
初めて捕まえた一匹。
最後まで一緒に戦った一匹。
1025匹の名前を一匹も省かず歌うことは、
1025通りの存在を肯定すること
でもあります。
だからこそ、この曲では全員が主役なのでしょう。
ポケモン30周年。
長い歴史を振り返る方法はいくらでもあったはずです。
歴代主人公を並べる。
名場面を振り返る。
人気ポケモンを集める。
それでも「ポケモンオールスターズ1025」は、1025匹全員を選びました。
それは、
「30年間で最も重要だったポケモンは誰か」
を決めるためではありません。
むしろ、
あなたにとって大切だったポケモンは、ちゃんとここにいる
と伝えるためだったのではないでしょうか。
22分間の長い歌を聴き終えたときに残るのは、1025匹を歌い切った驚きだけではありません。
自分はこれまで、どのポケモンと出会ってきたのか。
誰と一緒に冒険してきたのか。
そんな自分自身の記憶です。
「ポケモンオールスターズ1025」は、1025匹を覚えるための歌ではない。
1025匹の中から、自分だけの“あの一匹”を思い出すための歌なのだと思います。

