「もう好きではないはずなのに、なぜか忘れられない」
恋が終わったあと、そんな不思議な感情を抱いたことがある人もいるのではないでしょうか。
This is LASTの「#情とは」が描いているのは、単純な「元恋人への未練」だけではありません。
かつて愛した相手が自分ではない誰かと幸せになっていく。その事実を前にしたとき、主人公の中には自分でも説明できない感情が生まれます。
それは愛なのか。
未練なのか。
それとも――「情」なのか。
この記事では、This is LAST「#情とは」の歌詞について、タイトルの「情」が意味するもの、元恋人への複雑な感情、そしてラストに込められた意味まで詳しく考察します。
※本記事は歌詞の内容をもとにした独自の解釈・考察を含みます。
This is LAST「#情とは」はどんな曲?
「#情とは」は、This is LASTが2023年3月1日に配信リリースした楽曲です。
作詞・作曲はボーカル&ギターの菊池陽報。ABEMAの恋愛番組『花束とオオカミちゃんには騙されない』の挿入歌にも起用されました。
楽曲の読み方は「じょうとは」。
物語の中心にいるのは、昔の恋人が結婚することを知った男性です。Skream!のインタビューでも、そのような主人公を描いた楽曲として紹介されています。
さらに興味深いのが、この物語には菊池陽報自身の実体験が反映されていることです。
実際には元恋人から直接結婚を告げられたわけではなく、菊池が元恋人の幸せそうな姿を目にしたことがきっかけだったとのこと。
そこで生まれたのは、「幸せそうでよかった」という気持ちと、未練とは言い切れない寂しさでした。
この名前を付けにくい感情こそ、「#情とは」という曲の核心でしょう。
結論|「#情とは」が描くのは「愛が終わったあとに残る感情」
この曲を一言で表すなら、
恋愛が終わったあとにも残ってしまう感情についての歌
だと考えられます。
主人公は、元恋人ともう一度付き合いたいと素直に願っているわけではありません。
むしろ頭では「もう自分には関係ない」と理解しようとしています。
ところが相手の結婚を知った瞬間、それまで閉じていたはずの過去が一気によみがえってくる。
ここが重要です。
本当に「愛している」なら、取り戻したいと思うでしょう。
本当に「嫌い」なら、相手の結婚など気にならないはずです。
しかし主人公はそのどちらでもない。
だからこそ、本人にも感情の正体が分からないのです。
その答えとして浮かび上がる言葉が、タイトルにある**「情」**なのではないでしょうか。
「情」と「愛」は何が違う?
「#情とは」を理解するうえで最大のポイントが、「愛」と「情」の違いです。
恋愛における「愛」には、相手と一緒にいたい、相手から愛されたいという方向性があります。
一方の「情」はもっと曖昧です。
長く一緒にいたことで生まれる親しみ。
共有してきた時間への愛着。
相手を完全には他人だと思えない感覚。
別れたあとにも消えない記憶。
こうしたものが混ざり合った感情が「情」と呼ばれるのでしょう。
つまり主人公が苦しんでいるのは、
まだ彼女を愛しているからだけではありません。
彼女と過ごした時間まで消すことはできないからです。
恋人という関係は終わっても、過去までなかったことにはできない。
それが「情」の厄介さなのです。
なぜ元恋人の結婚がこれほど苦しいのか?
別れた恋人に新しい恋人ができることと、「結婚すること」には少し違いがあります。
結婚には、ある種の決定的な響きがあるからです。
もしかすると心のどこかには、
「いつかまた会うかもしれない」
「何かのきっかけで関係が変わるかもしれない」
という小さな余白が残っていたのかもしれません。
本人が意識していなくても、その可能性はゼロではなかった。
しかし結婚という知らせは、その余白を強制的に閉じてしまいます。
だから主人公は揺れるのでしょう。
「復縁したかった」とは違います。
もう自分の人生とは完全に別の場所へ行ってしまう。
その事実を突きつけられた寂しさです。
菊池陽報自身も、元恋人の幸せな姿を見た際について「未練があるわけではないけれど寂しくなる」という趣旨の感情を語っています。
この感覚こそ、「#情とは」を単純な失恋ソングでは終わらせない部分です。
「嫌い」と言い切れない主人公
この曲には、主人公が過去の恋人に対して苛立っていることもうかがえます。
過去を振り返れば、傷つけられた記憶もある。
「今さらそんなことを知らせてくるな」と思っても不思議ではありません。
つまり理屈だけなら、相手を切り捨てる材料はいくらでもあるのです。
それでも感情は理屈通りに動いてくれません。
腹が立つ。
忘れたい。
もう関係ないと思いたい。
それなのに思い出してしまう。
この矛盾した状態こそ、人間の「情」なのではないでしょうか。
もし完全に嫌いになれていたなら、主人公はこんなに苦しまなかったはずです。
憎しみさえも、相手との関係がまだ心の中に残っている証拠になってしまいます。
「思い出」にすがっているのはなぜ?
恋愛が終わったあと、人は不思議と悪かった出来事より楽しかった時間を思い出すことがあります。
「#情とは」のMVも、恋人と過ごした時間を忘れきれない男性の姿を中心に描いています。
MV監督の脇坂侑希は作品について、悲しかった日の記憶は薄れ、楽しかった日々の記憶が濃くなっていくという趣旨のコメントをしています。
これは非常に重要なポイントでしょう。
時間が経つほど、記憶は事実そのものではなくなっていきます。
喧嘩したこと。
傷つけられたこと。
苦しかったこと。
そうした記憶の輪郭が少しずつ薄れていく一方で、
一緒に笑ったこと。
何気ない日常。
幸せだった瞬間。
そんな記憶だけが美しく残る。
だから別れた当時よりも、何年か経ってからのほうが相手を懐かしく感じてしまうことがあります。
「#情とは」は、そんな記憶によって美化されていく恋愛も描いているように感じます。
「情」と「情けない」がつながっている
この曲で特に巧みなのが、「情」というタイトルと主人公自身への「情けなさ」が重なっている点です。
忘れたはずなのに思い出す。
もう関係ないと言い聞かせながら気にしている。
相手の幸せを喜びたいのに、少し寂しい。
そんな自分を、主人公自身も格好悪いと感じています。
ここには、
情が残っているから情けなくなる
という構造があります。
しかし、本当に情けないのでしょうか。
むしろこの曲は逆のことを描いているようにも思えます。
誰かを本気で好きになったのなら、その人との記憶を簡単に消せないのは自然なことです。
「もう好きじゃない」と「何も感じない」は同じではありません。
恋愛感情がなくなったあとにも、人とのつながりは別の形で心に残ります。
その正体を無理やり「未練」と呼ぶのではなく、「情」という言葉で捉えようとしている。
そこにこの曲のリアリティがあります。
タイトルに「#」が付いている意味を考察
曲名は単なる「情とは」ではなく、**「#情とは」**です。
この「#」も印象的です。
もちろん正式な意図が明言されているとは限らないため、ここからは一つの考察になります。
「#」を見ると、多くの人はSNSのハッシュタグを連想するでしょう。
ハッシュタグとは、個人的な投稿を同じテーマの言葉でつなぐものです。
そう考えると、
「自分だけでは説明できない感情を、誰かにも問いかけている」
ようにも見えてきます。
「これって未練なのか?」
「まだ好きということなのか?」
「それとも情なのか?」
主人公には答えがありません。
だから「情とは。」と断定するのではなく、
「#情とは」
という問いのようなタイトルになっている。
そしてリスナー自身の過去の恋愛まで、そのハッシュタグの下につながっていく。
非常に現代的なタイトルだと感じます。
元恋人はなぜ結婚を知らせたのか?
歌詞の物語だけを見ると、もう一つ疑問が生まれます。
なぜ元恋人は、主人公に結婚を知らせたのでしょうか。
もちろん現実の体験では、菊池陽報が元恋人の幸せそうな姿を目にしたことが出発点であり、「直接結婚を報告された」という設定は歌として構築されたものです。
それでも、あえて歌詞では「知らせてくる」という形になっていることには意味がありそうです。
彼女にとって主人公もまた、完全な他人ではなかったのではないでしょうか。
復縁したいわけではない。
それでも人生の大きな転機を伝えたいと思う程度には、過去の大切な存在だった。
もしそうなら、「情」を抱えているのは主人公だけではありません。
彼女の側にもまた、恋愛とは違う何かが残っていた可能性があります。
そう考えると、「#情とは」は一方通行の未練の歌ではなくなります。
別れて別々の人生を歩いていても、かつて深く関わった人は完全な他人には戻れない。
そんな人間関係の複雑さまで描いているように感じます。
曲の最後が少し明るく聞こえる理由
「#情とは」は、内容だけを見ればかなり切ない楽曲です。
しかし音楽そのものは、悲しみの中に沈んだままでは終わりません。
菊池陽報は楽曲のアレンジについて、後半に向かって盛り上がり、最後のサビではコード進行を変えることで明るい雰囲気になるよう設計したと語っています。
これは歌詞の物語とも重なります。
主人公は過去を完全に忘れられたわけではありません。
しかし「忘れられない=前へ進めない」でもない。
大切だった時間を大切だったものとして受け入れながら、それでも自分の人生を進んでいく。
MV監督も、この映像を「明るい未来が待っている二人」の物語として説明しています。
つまりこの曲は、
「元恋人を忘れる歌」ではなく、「忘れられなくても生きていけると気づく歌」
なのかもしれません。
「#情とは」の本当の意味
ここまで考察すると、タイトルへの一つの答えが見えてきます。
「情」とは、
もう愛してはいないかもしれないのに、その人を完全な他人にはできない感情
なのではないでしょうか。
恋愛には始まりと終わりがあります。
告白した日。
付き合った日。
別れた日。
関係そのものには明確な区切りをつけられます。
しかし人間の感情には、同じような区切りを付けることができません。
昨日まで好きだった人を、別れた翌日から何とも思わなくなるわけではない。
何年経っても、ふとした瞬間に思い出すこともある。
それでも復縁したいわけではない。
この曖昧な領域にあるものこそ「情」なのでしょう。
そして曲名が「情とは」ではなく**「#情とは」**であることで、その答えを作者だけのものにせず、聴く人それぞれに委ねているようにも感じます。
まとめ|忘れられないことと、まだ愛していることは違う
This is LAST「#情とは」は、元恋人の結婚をきっかけによみがえる過去と、そこから生まれる名前の付けにくい感情を描いた楽曲です。
主人公は元恋人を取り戻したいわけではありません。
それでも相手が別の誰かと人生を歩んでいくことを知ると、どこか寂しい。
そこにあるのは単純な恋愛感情ではなく、長い時間を共有した人だからこそ残る「情」なのでしょう。
そして、この曲が印象的なのは、その感情を否定しきらないことです。
人を忘れられないことは、必ずしも未練ではありません。
思い出が残っているからといって、前に進めていないとも限りません。
誰かを本気で愛した時間があったから、その人が今でも心のどこかにいる。
それでも人は、新しい人生へ進んでいける。
「もう好きではない。でも、何も感じないわけでもない」――その言葉にできない場所に残っているもの。
それこそが、This is LASTが問いかける「情」なのではないでしょうか。


