世界的なヒット曲を生み出すには、英語で歌わなければならない。
長い間、音楽業界ではそれが半ば常識とされてきた。
日本や韓国、南米、アフリカのアーティストが海外進出を目指す際には、英語詞の楽曲を制作したり、欧米のプロデューサーを起用したりする戦略が選ばれてきた。
しかし2026年、その前提は明確に揺らいでいる。
2025年に世界で最も大きなセールスを記録したシングルは、ROSÉとBruno Marsによる「APT.」だった。IFPIの年間グローバル・シングル・チャートで、北米・ヨーロッパ以外のアーティストが首位に立つのは初めて。さらに、非英語の歌詞を含む楽曲が年間1位になるのも初めてだった。
Spotifyでは2025年、16の言語で歌われた楽曲が「Global Top 50」へ登場した。これは2020年の2倍を超える数だ。
音楽の世界では今、「歌詞を理解してから好きになる」のではなく、「声やリズムに引かれ、後から意味を知る」という順番が当たり前になり始めている。
- 世界一のヒット曲に韓国語のフレーズが入った意味
- 世界のヒット曲で使われる言語が倍増した
- 米国では半数以上がラテン音楽を聴いている
- 米国のラテン音楽市場が初めて10億ドルへ
- Latin Americaは16年連続で成長している
- Bad Bunnyはスペイン語のまま世界的スターになった
- 歌詞が分からなくても曲は好きになれる
- ストリーミングが国別の発売日を消した
- プレイリストが国籍ではなく「気分」で曲を並べる
- ショート動画は「翻訳なし」で感情を共有できる
- アフリカの音楽も「地域の流行」ではなくなった
- 日本語のまま海外で聴かれるJ-POP
- 海外進出に英語詞は必要なくても「情報」は必要
- 世界的に売れるほど地域性が薄くなる危険
- 「世界で人気」と「現地の文化を尊重する」は別
- 日本のアーティストに必要なのは「海外向けの別人格」ではない
- 新しい音楽は「知らない言葉」から探してみる
- 世界共通語になったのは英語ではなく「音楽」だった
世界一のヒット曲に韓国語のフレーズが入った意味
「APT.」で繰り返される言葉は、韓国で親しまれている飲み会ゲームに由来する。
英語圏のリスナーにとって、その文化的背景は必ずしも身近なものではない。それでも、覚えやすい発音、強いリズム、掛け声のような楽しさによって、言葉そのものが楽曲のフックになった。
ここで起きたのは、韓国語を英語に置き換えて世界へ届けた成功ではない。
韓国的な言葉と遊びを残したまま、世界的なポップソングへ変えた成功である。
IFPIは「APT.」の首位について、音楽市場が世界規模で多様化し、従来の言語や地域の壁が薄れていることを示す出来事だと位置付けている。
海外で売れるために地域性を消すのではなく、地域性そのものを魅力にする。
この逆転が、2026年のグローバル音楽市場を象徴している。
世界のヒット曲で使われる言語が倍増した
Spotifyによると、2025年にGlobal Top 50へ入った楽曲の言語数は16に達した。
同社の年間ロイヤリティーが5000万ドルを超えるジャンルのうち、特に成長率が高かったのは、ブラジリアン・ファンクの36%増、K-POPの31%増、ラテン・トラップの29%増、ラテン・アーバンの27%増、レゲトンの24%増だった。
これらの音楽は、単に英米のポップスを別の言語で歌ったものではない。
地域独自のリズム、発声、楽器、ダンス、ストリート文化を持っている。
以前は、こうしたジャンルが欧米で注目される場合、「ワールドミュージック」や「海外音楽」という大きな分類へまとめられることも多かった。
現在のリスナーは、レゲトン、アマピアノ、ブラジリアン・ファンク、K-POP、アフロビーツなどを、それぞれ異なる現代音楽として聴いている。
世界の音楽が一つの形へ統一されたのではない。
異なる地域の音楽が、それぞれの形を保ったまま同じ再生画面へ並ぶようになったのである。
米国では半数以上がラテン音楽を聴いている
非英語圏の音楽が広がっていることを最も分かりやすく示すのが、米国におけるラテン音楽の成長だ。
Luminateの調査によると、ラテン音楽を月に一度以上聴く米国のリスナーは、2024年初頭の41%から2026年第1四半期には56%へ増えた。すでに米国リスナーの半数以上が、日常的な選択肢の一つとしてラテン音楽へ触れている。
2026年上半期には、ラテン音楽が米国のオンデマンド音声ストリーミングのおよそ9.4%を占めたとLuminateの中間報告で示されている。
かつてのように、スペイン語を理解するコミュニティーの内部だけで聴かれているわけではない。
ラテン音楽に詳しくない人も、人気プレイリスト、SNS、テレビ番組、スポーツイベント、友人からの共有などを通して楽曲へ触れている。
「意味は完全には分からないが、この曲が好き」という受け取り方が、例外ではなくなってきた。
米国のラテン音楽市場が初めて10億ドルへ
人気の拡大は、再生回数だけでなく音楽市場の売上にも表れている。
RIAAによると、2025年の米国ラテン音楽市場は、卸売ベースで初めて年間10億ドルへ到達した。10年連続で過去最高を更新し、米国の録音音楽市場全体の8.8%を占めている。
収益の98.2%はストリーミングから生まれ、そのうち有料サブスクリプションによる収益は5億5750万ドルに達した。
この数字が示すのは、一時的なバイラルヒットだけではない。
リスナーが継続的に楽曲を聴き、有料サービスの中でラテン音楽を選ぶ習慣が定着しているということだ。
注目曲が一本生まれただけなら、その曲の人気が落ちれば市場も縮小する。
しかし、異なる国、世代、ジャンルのアーティストが次々と再生される状態になれば、ラテン音楽は「流行」から市場の一部へ変わる。
Latin Americaは16年連続で成長している
世界の中心へ進んでいるのは、米国で活動するラテン系アーティストだけではない。
IFPIによると、ラテンアメリカの録音音楽市場は2025年に17.1%成長し、世界で最も高い成長率を記録した。成長は16年連続となり、収益の88.1%をストリーミングが占めている。
ブラジル市場は14.1%成長して世界第8位、メキシコは13.3%成長して世界第10位の音楽市場へ浮上した。
以前の海外進出では、欧米市場で成功することが世界的成功の条件と考えられやすかった。
現在は、ブラジル、メキシコ、韓国、日本、ナイジェリアなどの国内市場で大きな支持を得た楽曲が、その勢いを保ったまま国外へ広がる。
アーティストは、最初から自国の文化を薄めて欧米に合わせなくてもよくなった。
地元で強く支持されることが、そのまま世界へ出るための土台になるのである。
Bad Bunnyはスペイン語のまま世界的スターになった
非英語圏の音楽を象徴する存在の一人がBad Bunnyだ。
Spotifyの2025年年間まとめでは、Bad Bunnyが通算4回目となる世界最多再生アーティストに選ばれ、年間再生数は198億回に達した。
Luminateによると、2026年第1四半期には米国全体でも2番目に大きなアーティストとなり、ラテン音楽の米国週間ストリーミングは一時、過去最高となる27億4000万回へ達した。
Bad Bunnyの成功が重要なのは、世界市場へ進むために英語中心のアーティストへ作り替えられなかったことだ。
スペイン語を中心に歌い、プエルトリコの文化や社会、歴史を作品へ持ち込みながら、世界的な支持を獲得している。
英語を使わないことが障害なのではなく、ほかにはない声として機能している。
世界的スターになることと、地域のアイデンティティーを強く表現することが、両立する時代になったのである。
歌詞が分からなくても曲は好きになれる
音楽には、言葉より先に伝わる要素がある。
声の震え、リズムの跳ね方、低音の重さ、メロディーの上昇、歌い手の表情。
悲しい内容の歌詞を理解していなくても、声の調子から感情を受け取ることはできる。
レゲトンやアマピアノの楽曲では、意味を調べる前に身体がリズムへ反応することもある。K-POPやJ-POPでは、ミュージックビデオ、振り付け、アニメーションなどが、言葉を補う入口になる。
歌詞の意味が分からないことは、作品を楽しめない理由ではなくなった。
むしろ、最初は音として好きになり、後から翻訳や解説を探すことで、曲との関係が深まる。
「理解したから聴く」のではない。
「好きになったから理解したくなる」という順番が、音楽の国際的な広がりを支えている。
ストリーミングが国別の発売日を消した
非英語圏の楽曲が広がりやすくなった最大の要因の一つが、ストリーミングサービスである。
CDやレコードが中心だった時代、海外作品を聴くには輸入盤の発売を待ったり、専門店を探したりする必要があった。
現在は、多くの作品が公開された瞬間から複数の国で再生できる。
Spotifyによると、アーティストはデビューから2年後には、平均してロイヤリティーの半分以上を自国以外のリスナーから得ている。2025年には、Spotifyで年間50万ドル以上を生み出したアーティストの出身国が75カ国に達した。
もちろん、これはSpotifyが公開した自社サービス上の数字であり、音楽業界全体をそのまま表すものではない。
それでも、活動地域とファンの所在地が一致しなくなっていることは明らかだ。
国内でデビューしたアーティストが、本人も知らないうちに遠く離れた国で再生される。
その地域で反応が大きくなれば、プレイリスト掲載、現地メディア、コラボレーション、海外公演へつながっていく。
音楽の国境は、発売後に越えるものではなく、公開と同時に越えるものになった。
プレイリストが国籍ではなく「気分」で曲を並べる
以前の音楽売り場では、邦楽、洋楽、韓国音楽、ラテン音楽といった地域別の棚が一般的だった。
ストリーミングのプレイリストでは、国籍よりも気分や行動が重視される。
トレーニング、ドライブ、パーティー、集中、失恋、夏の夜。
同じ感情やテンポを持っていれば、日本語、英語、スペイン語、韓国語の曲が同じリストへ並ぶ。
リスナーは「外国語の音楽を聴こう」と意識せず、好きな雰囲気を選んだ結果として、異なる言語の楽曲へ出会う。
音楽を国別に分類する棚が消えたことで、言語の違いを越えた偶然の出会いが増えた。
その一方で、プレイリストの推薦を決めるサービス側の影響力は大きい。
どれほど魅力的な楽曲でも、適切なプレイリストへ入らなければ、国境を越える入口を得にくい。
言語の壁が低くなった代わりに、推薦アルゴリズムや編集方針という新しい門が生まれている。
ショート動画は「翻訳なし」で感情を共有できる
ショート動画では、歌詞全体の意味より、映像と音の組み合わせが重視される。
ダンスに使われる曲、変身動画の場面転換に合う曲、料理や旅行の映像を印象的に見せる曲。
一部分が世界中の投稿へ使われると、リスナーは曲名や言語を知らなくても、その音を覚える。
投稿者が字幕や短い解説を加えれば、歌詞の一節だけが先に理解されることもある。
言葉を完全に翻訳しなくても、「この場面では喜びを表している」「失恋の曲らしい」といった感情は共有できる。
ただし、短い部分だけが広まることで、曲が本来持っていた社会的・文化的な背景が失われる危険もある。
明るいダンス曲として使われている部分が、実際には重い問題を扱った歌詞の一部という場合もある。
世界へ広がるほど、音だけを楽しむ入口と、文化的背景を知るための情報の両方が必要になる。
アフリカの音楽も「地域の流行」ではなくなった
非英語圏音楽の成長は、ラテンやK-POPだけではない。
Spotifyがナイジェリアでサービスを開始してから5年間の変化をまとめたデータでは、アマピアノの再生数が1万330%増、ゴスペル/プレイズが5499%増、ヒップホップ/ラップが3020%増、R&Bが2602%増となった。ナイジェリアの現地語で歌われる音楽の再生も、2024年だけで554%増加した。
アフリカ発の音楽は、欧米のポップスへ影響を与えるだけの素材ではなく、独立したジャンルと市場を形成している。
さらに、地域同士の交流も進んでいる。
Spotifyによると、2025年にはラテンアメリカにおけるアフロビーツの再生が前年から180%以上増加した。
音楽の流れは、米国から世界各国へ一方向に広がるだけではなくなった。
アフリカと南米、アジアと中東など、これまで距離があると考えられていた地域同士が、直接影響を与え合っている。
日本語のまま海外で聴かれるJ-POP
日本の音楽にとっても、この変化は大きな機会になる。
Spotifyによると、2024年に日本のアーティストが同サービスで得たロイヤリティーの約半分は海外から発生し、その多くは日本語で歌われた楽曲によるものだった。
以前は、日本のアーティストが海外を目指す際、英語詞の制作や海外向けの別バージョンが重視されることもあった。
現在は、日本語の響き、独特のコード進行、アニメやゲームとの結び付きなどが、そのまま作品の魅力になる。
歌詞を完全に理解できなくても、アニメの場面と重なった曲を好きになり、翻訳動画やファンの解説を探す海外リスナーがいる。
日本語であることは、世界進出を妨げる要素ではない。
ほかの国の作品とは違うことを一瞬で伝える要素になり得る。
海外進出に英語詞は必要なくても「情報」は必要
英語で歌わなくても世界へ届く時代になった。
しかし、何の準備もせずに楽曲を公開すれば、自然に海外で売れるわけではない。
曲名やアーティスト名の適切な表記、歌詞の翻訳、作家や演奏者のクレジット、作品背景を説明する文章、海外からアクセスできる公式ページが必要になる。
海外リスナーが曲を好きになっても、検索方法が分からなければ、その先の作品へ進めない。
公式情報が不足していれば、ファンが非公式に作った翻訳や噂だけが広がる場合もある。
音楽自体は母語のままでよい。
その音楽へたどり着き、背景を理解し、次の作品を探すための情報は、複数の言語で整える必要がある。
「英語で歌うこと」と「英語で案内すること」は別の問題なのである。
世界的に売れるほど地域性が薄くなる危険
地域の音楽が世界へ広がることには、良い面だけではない。
海外リスナーに分かりやすい部分だけが強調され、複雑な文化や歴史が省略される可能性がある。
レゲトンなら同じようなリズム、K-POPなら大人数のダンス、J-POPならアニメ的な映像といった固定観念が強くなれば、そこから外れる作品は海外へ紹介されにくくなる。
地域の音楽が世界に受け入れられる過程で、逆に似た作品ばかりが求められる危険がある。
世界市場に合わせて個性を削れば、最初に注目された理由まで失われてしまう。
大切なのは、海外で理解されやすい形へ単純化することではない。
地域の複雑さを保ちながら、そこへ入るための入口を増やすことである。
「世界で人気」と「現地の文化を尊重する」は別
ある国の音楽を聴くことと、その文化を理解することは同じではない。
曲を気に入っても、言葉の発音をからかったり、衣装や踊りだけを面白いものとして消費したりすれば、現地のファンやアーティストを傷つけることがある。
一方、最初からすべてを深く学んでいなければ聴いてはいけない、という考え方も音楽との出会いを狭くする。
入口は「なんとなく格好いい」でもよい。
そこから曲名を確認し、歌詞の意味を調べ、背景にある地域やジャンルへ関心を広げていけばよい。
世界的な音楽交流に必要なのは、完璧な知識ではなく、自分の知らない文化から生まれた作品だと意識する姿勢ではないだろうか。
日本のアーティストに必要なのは「海外向けの別人格」ではない
日本のアーティストが海外市場へ進むとき、海外の流行へ無理に寄せる必要は薄くなっている。
日本語の歌詞、地域的な音色、国内の物語を残したままでも、世界のリスナーへ届く可能性がある。
必要なのは、作品そのものを変えることより、海外リスナーが参加できる環境を作ることだ。
多言語字幕を付ける。海外から購入できる商品を用意する。現地時間に合わせた情報発信を行う。ファンが翻訳や紹介を行いやすい素材を提供する。
日本らしさを薄めるのではなく、日本らしさを理解するための扉を増やす。
それが、2026年以降の海外展開で重要になる。
新しい音楽は「知らない言葉」から探してみる
音楽ファンにとって、非英語圏の音楽が広がる最大の魅力は、聴ける世界が一気に大きくなることだ。
普段使用している配信サービスで、国別チャートを開いてみる。
ブラジル、メキシコ、ナイジェリア、韓国、南アフリカなど、普段見ない地域のプレイリストを再生する。
好きな海外曲が見つかったら、その曲が属する地域やジャンルをたどる。
歌詞の意味をすぐに調べず、最初は声やリズムだけで聴いてみる方法もある。
理解できない言葉は、音楽を遠ざける壁ではない。
これまで聞いたことのない発音やリズムへ出会える入口になる。
世界共通語になったのは英語ではなく「音楽」だった
2026年の音楽市場では、英語圏のポップスが消えようとしているわけではない。
英語の楽曲は今後も大きな影響力を持ち続ける。
変わったのは、世界的なヒット曲になるための道が、一つではなくなったことだ。
韓国語のフレーズを含む曲が世界年間1位になり、スペイン語で歌うアーティストが世界最多再生となる。日本語の楽曲が海外からロイヤリティーを生み、ブラジルやナイジェリアの地域的な音楽が国境を越えていく。
SpotifyのGlobal Top 50へ登場した言語が、わずか5年間で2倍以上へ増えた事実は、その変化を数字で示している。
これからのヒット曲は、世界中の人が同じ歌詞を理解する曲とは限らない。
異なる言葉を話す人々が、それぞれの方法で感情を受け取れる曲である。
次に、意味の分からない歌詞が流れてきても、すぐに飛ばさないでほしい。
その知らない言葉の向こうに、これまで出会ったことのない音楽の世界が広がっているかもしれない。
世界共通語になりつつあるのは、英語ではない。
言葉が分からなくても人を踊らせ、泣かせ、もう一度再生させる、音楽そのものなのである。


