スマートフォンを開けば、世界中の楽曲をすぐに再生できる。
部屋にCDを置く必要も、レコード店へ出かける必要もない。月額料金を支払えば、数え切れないほどのアルバムをいつでも聴ける。
それにもかかわらず、2026年の音楽市場では、レコード、CD、カセットテープといった物理メディアが再び注目されている。
米国では2025年、アナログレコードの売上高が10億ドルを突破した。販売枚数は4680万枚に達し、1930万枚以上の差をつけてCDを上回っている。一方で、ストリーミングは米国音楽市場全体の82%を占めている。
つまり、レコードがストリーミングに取って代わろうとしているわけではない。
多くの音楽ファンは、サブスクか物理メディアかを選んでいるのではなく、サブスクで聴きながら、特に好きな作品だけを「物」として購入しているのである。
レコード売上は米国で19年連続成長
RIAAによると、米国のアナログレコード売上は2025年に前年比9.3%増加し、19年連続の成長を記録した。
ストリーミング全盛の時代に、レコード市場だけが一時的な懐古ブームを続けているとは考えにくい。2000年代に始まった復活が、現在では音楽市場の一つの分野として定着したと見るべきだろう。
英国でも同様の動きが続いている。
2025年の英国におけるレコード販売枚数は前年比13.3%増の760万枚。18年連続の成長となった。新作だけでなく、Oasis、Fleetwood Mac、Radiohead、Pink Floydなどの旧作も年間上位に入っている。
興味深いのは、レコード市場が最新作と名盤の両方によって支えられていることだ。
新しいアルバムを発売日に購入する人もいれば、ストリーミングで知った過去の名盤を、後からレコードで手に入れる人もいる。
音楽の発売年に関係なく、「自分の棚へ置きたい」と感じられた作品が売れているのである。
若い世代は過去への懐かしさだけで買っているのではない
レコード人気という言葉から、昔レコードを聴いていた世代が再び購入している姿を想像する人も多いだろう。
しかし、現在の物理メディア市場では、レコードが音楽の中心だった時代を知らない若い世代も重要な存在になっている。
Vinyl AllianceがZ世代のレコードファンを対象に行った調査では、76%が「音楽の物理的なコピーを所有すること」を購入理由に挙げた。好きなアーティストを支援することを理由に挙げた人も62%に達している。
彼らにとって、レコードは昔を懐かしむ道具ではない。
生まれたときから音楽がデータとして存在していたからこそ、ジャケットに触れ、盤を取り出し、自分の部屋へ置く行為が新鮮に感じられる。
親の青春時代を再現しているのではなく、自分たちの時代に物理メディアの意味を作り直しているのだ。
「聴くための商品」から「好きだった証し」へ
サブスクリプションが登場する以前、CDやレコードを買う最大の目的は、その音楽を聴くことだった。
現在は、購入前からストリーミングで何度も聴いているケースが多い。
すでに聴ける曲へ、なぜ改めてお金を支払うのか。
その理由は、物理メディアが音源を再生する道具だけではなくなったからだ。
コンサート会場で購入したCDには、その日の記憶が残る。好きなアーティストのレコードを棚へ並べれば、自分がどのような音楽を大切にしてきたのかが目に見える。
配信サービスの再生履歴も思い出にはなるが、それはアプリの中に保存された数字である。
一方、少し傷がついたケース、日焼けした歌詞カード、会場で書いてもらったサインは、その人だけの時間を記録する。
物理メディアは、音楽を保存するものから、音楽と過ごした時間を保存するものへ変わり始めている。
CDはレコードより始めやすい
物理メディアの復活というと、レコードばかりが注目されやすい。
しかし、これから若い世代へ広がる可能性があるのは、むしろCDかもしれない。
レコードを聴くには、レコードプレーヤーだけでなく、アンプやスピーカーなどが必要になる場合がある。盤の扱いにも多少の注意が求められ、作品によっては価格も高い。
CDは比較的安く、中古市場にも大量の商品がある。小さな棚にも収納でき、再生時に盤面を裏返す必要もない。
レコードほど大きなジャケットではないものの、歌詞カード、写真、クレジット、帯、ケースのデザインなど、物理的に所有する楽しさは十分に残されている。
2025年の米国では2950万枚のCDが販売された。レコードより少ないとはいえ、消滅寸前の規模ではない。
CDは懐かしいだけの形式ではなく、低価格で始められるコレクションとして再評価される余地がある。
2026年に新しいCDプレーヤーが登場する意味
音楽機器メーカーも、物理メディアへの需要を無視していない。
2026年には、ストリーミング再生とCDプレーヤーを一台にまとめたRuark Audioの「R710」が発表された。スマートフォンから音楽を再生できる現代的な機能を備えながら、中央にはCDドライブが搭載されている。
同年には、真空管アンプやBluetooth機能を備えた高級ポータブルCDプレーヤー「Cayin CP6」も登場した。価格や大きさを考えると一般向けの携帯プレーヤーとは言いにくいが、新しい技術とCD再生を組み合わせる動きとして注目できる。
これらの製品が示しているのは、音楽機器の世界が「ストリーミングかCDか」という二者択一ではなくなっていることだ。
普段はスマートフォンでプレイリストを聴き、休日にはCDを一枚選んで再生する。
同じ機器で両方を楽しむための商品が登場している。
物理メディアの復活は、最新技術を捨てて昔へ戻ることではない。
デジタルの便利さを残しながら、手元の作品も再生できる環境を取り戻す動きなのである。
カセットテープはなぜ再び発売されるのか
レコードやCD以上に不思議に見えるのが、カセットテープの復活だろう。
英国では2025年、カセットの販売枚数が前年比53%増の16万4000本となった。レコードの760万枚と比べれば小さな市場だが、前年の減少から大きく反発している。
カセットには、レコードのような大きなジャケットも、CDのような扱いやすさもない。
音質も、現在の高音質ストリーミングやCDより優れているとは限らない。それでも新作がカセットで発売されるのは、小さく、価格を抑えやすく、限定グッズとして成立しやすいからだ。
ケースの中に色の付いたテープが入り、手書き風のラベルや小さな歌詞カードが収められている。
音楽を再生するだけなら不便でも、アーティストの世界観を持ち帰る商品としては魅力がある。
インディーズアーティストにとっても、少量生産のカセットは、自分たちの音楽を物理化する手段になり得る。
カセット人気を、大量消費される音楽形式の復活と考える必要はない。
Tシャツやポスターのように、音源も入っている小さな記念品として生まれ変わっているのである。
「アルバムを最初から聴く」行為が戻ってくる
ストリーミングでは、好きな曲だけをプレイリストへ保存できる。
一曲を聴き終える前に次の曲へ移り、気分に合わなければ数秒で飛ばすこともできる。
物理メディアでは、聴き方に少しだけ手間が加わる。
棚から作品を選び、ケースやジャケットを開き、再生機へセットする。その手間をかけたぶん、数曲だけで止めずに、最後まで聴いてみようという気持ちが生まれやすい。
レコードではA面とB面があり、CDでは曲順が一枚の中に固定されている。
アーティストが考えた順番に沿って聴くことで、先行シングルだけでは分からなかった曲同士の関係が見えてくる。
物理メディアの再評価は、音質の違いだけで説明できない。
無限の選択肢から次々と曲を変える聴き方に疲れた人が、一枚を選び、その作品の中にしばらくとどまろうとしているのではないだろうか。
ジャケットと歌詞カードが作品へ戻ってくる
配信画面に表示されるアルバムジャケットは、多くの場合、スマートフォンの小さな正方形である。
物理メディアでは、そのデザイン自体を一つの作品として鑑賞できる。
レコードの大きなジャケットには、写真やイラストの細部まで描き込める。CDには歌詞カードやブックレットを収納でき、紙質や印刷方法も表現の一部になる。
参加ミュージシャン、録音スタジオ、プロデューサー、エンジニアなどのクレジットを読み、誰が作品を支えているのかを知ることもできる。
ストリーミングでは、曲名とアーティスト名だけを見て再生する場面が多い。
物理メディアは、音楽の周囲にいるデザイナー、写真家、演奏者、技術者の仕事まで、リスナーの目に戻す。
音源だけではなく、作品を作った人々の存在を感じられることも、手元に置く価値の一つである。
レコード店は「検索できない音楽」と出会う場所になる
オンラインでは、曲名やアーティスト名を入力すれば、目的の作品へすぐにたどり着ける。
それは便利である一方、名前を知らないものは検索できないという弱点もある。
レコード店では、棚を眺めている途中に、知らないジャケットが目に入る。
隣に置かれた作品を手に取り、店員の推薦文を読み、偶然流れていた曲について尋ねる。購入する予定のなかった一枚と出会うことがある。
2026年4月18日に開催されたRECORD STORE DAYには、20カ国以上の組織が参加し、日本国内だけでも350を超えるレコード店が参加した。限定作品の販売に加え、地域のレコード店へ足を運ぶこと自体を目的としたイベントである。
ストリーミングの推薦機能も、知らない音楽と出会わせてくれる。
ただし、その推薦は過去の再生履歴を基にしていることが多い。
レコード店では、自分の好みから少し外れた棚へ迷い込める。
物理メディアの復活は、商品の売上だけでなく、音楽を探す場所の復活にもつながっている。
所有できる安心感が見直されている
ストリーミングで聴いている楽曲は、必ずしも利用者が所有しているわけではない。
配信契約や地域設定が変われば、昨日まで聴けた作品が突然表示されなくなることも考えられる。
月額サービスを解約すれば、ダウンロードしていた曲にもアクセスできなくなる。
物理メディアは、再生機器さえあれば、サービスの契約状況に左右されず聴き続けられる。
中古店で売ることも、誰かへ貸すことも、家族へ残すこともできる。
もちろん、CDやレコードにも傷、劣化、紛失という問題はある。永遠に保存できるわけではない。
それでも、自分の手元にあり、自分で管理できるという感覚は、デジタルサービスにはない安心を与える。
膨大な楽曲へアクセスできる便利さと、特別な作品を自分で持つ安心感。
現代の音楽ファンは、両方を求め始めている。
限定盤商法への注意も必要
物理メディア市場が拡大すると、同じアルバムを色違いのレコード、別ジャケット、特典付きCDなどで何種類も発売する動きも増える。
コレクターにとっては選択肢が増える一方、「すべてそろえなければならない」という負担を感じる人もいるだろう。
限定という言葉に急かされ、再生する予定のない商品まで購入してしまう可能性もある。
作品を所有する喜びが、種類をそろえる競争へ変われば、物理メディア本来の魅力は薄れてしまう。
何枚持っているかではなく、どの作品を長く手元へ残したいのか。
好きな色やデザインを一つ選ぶだけでもよい。
物理メディアは、ほかのファンと購入量を競うためのものではない。
自分と音楽の関係を、目に見える形で残すためのものなのである。
日本ではCDの意味が変わりながら残っていく
日本では、CDに写真集、映像ディスク、応募券、店舗別特典などを組み合わせた商品が長く販売されてきた。
そのため、CDは単なる音源ではなく、アーティストの世界観をまとめたパッケージとして受け入れられやすい。
今後は、すべての音楽をCDで集める人より、日常の再生はストリーミングに任せ、特に大切な作品だけを購入する人が増えるだろう。
好きなアルバムを発売日に受け取る。
ライブ会場でサイン入りCDを買う。
中古店で廃盤作品を探す。
親が持っていたCDを再生してみる。
同じCDでも、購入する理由は以前より多様になる。
日本の物理メディア市場が生き残る鍵は、ストリーミングより便利になることではない。
手元に置きたいと思わせるデザイン、内容、物語を作れるかどうかにある。
サブスクと物理メディアは敵ではない
レコードやCDの人気が伸びると、「若者がストリーミングをやめて物理メディアへ戻った」という説明が使われることがある。
しかし、米国ではストリーミングが音楽市場の82%を占めたまま、レコードも成長している。
両者は、異なる役割を持っている。
ストリーミングは、新しい音楽を知り、場所を選ばず聴き、膨大な作品へアクセスするために便利だ。
物理メディアは、気に入った作品へもう一歩近づき、所有し、飾り、記憶を残すために使われる。
まず配信で聴き、好きになったらレコードを買う。
購入したCDを自宅で再生した後、外出先では同じアルバムをスマートフォンで聴く。
デジタルで出会い、物理メディアで関係を深める。
この循環こそが、2026年の音楽市場で起きている変化なのだろう。
何でも聴ける時代に「これだけは持っていたい」が生まれる
ストリーミングサービスには、人生で聴き切れないほど多くの音楽が並んでいる。
しかし、選択肢が無限に増えるほど、一つひとつの作品は画面の中を通り過ぎやすくなる。
再生を止めれば、次のおすすめが表示される。
どれほど感動した曲でも、別の作品に埋もれ、数カ月後には曲名を思い出せなくなることがある。
物理メディアを買う行為は、その流れを一度止める。
「この作品は忘れたくない」
「このアルバムは自分の部屋に置いておきたい」
そう考えて、一枚を選ぶ。
2026年にレコード、CD、カセットが売れているのは、人々が便利さを嫌い始めたからではない。
便利すぎる環境の中で、特別な音楽まで同じように流れてしまうことへ、寂しさを感じ始めたからではないだろうか。
すべての曲を所有する必要はない。
日常的に聴く音楽は、これからもストリーミングの中にある。
それでも、人生のある時期を支えてくれたアルバムだけは、サービスの画面ではなく、自分の棚へ残しておきたい。
サブスク時代に物理メディアを買うことは、昔の聴き方へ戻る行為ではない。
無限に流れていく音楽の中から、自分にとって大切な一枚を選び取る行為なのである。


