「ライブのために旅をする」が新常識に? 世界で急拡大する“音楽ツーリズム”の正体

好きなアーティストのライブが、自宅から何百キロも離れた街で開催される。

以前なら「今回は諦めよう」と考えていた人も、今ではチケットを申し込み、ホテルを予約し、ライブの前後に観光や食事を楽しむ旅行を計画するようになった。

コンサートや音楽フェスを目的に別の地域や国へ移動する「音楽ツーリズム」が、世界的なトレンドとして急速に存在感を増している。

2026年7月に英国の音楽業界団体UK Musicが発表した最新データによると、2025年に英国のコンサートやフェスを訪れた音楽旅行者は、過去最多となる2470万人に達した。彼らが英国全体にもたらした消費額は、前年比11.3%増の112億ポンドに上る。

ライブは、もはや数時間だけ楽しむ娯楽ではない。

一枚のチケットを中心に、交通、宿泊、観光、食事、ファッション、SNS投稿までがつながる「旅の目的」になり始めている。

英国に2470万人を動かした音楽の力

UK Musicが発表した数字で特に注目したいのが、海外から英国を訪れた音楽旅行者の増加だ。

2025年の海外音楽旅行者は210万人となり、前年の160万人から26.8%増加した。Oasisの再結成ツアーをはじめ、Coldplay、Lana Del Rey、Beyoncé、Dua Lipa、Kendrick Lamarなどの公演が、多くのファンを英国へ引き寄せたと報告されている。

なかでも大きな注目を集めたのが、約15年ぶりに実現したOasisの再結成ツアーである。

マンチェスターのヒートン・パークで行われた5公演などの影響により、英国北西部における音楽旅行者の消費額は、2024年の12億ポンドから2025年には14億ポンドへ増加した。ロンドンでも消費額が27.4%増え、34億ポンドに達している。

ファンが支払うのは、チケット代だけではない。

会場へ向かうための鉄道や航空券、ホテル代、現地での食事、グッズ、観光施設への入場料など、ライブを起点にさまざまな消費が生まれる。

お気に入りのアーティストがステージに立つことで、それまで訪れる理由のなかった街が、突然「一度は行きたい場所」に変わるのである。

コンサートは「夜の予定」から「人生のイベント」へ

ライブ・エンターテインメント企業Live Nationが公開したファン調査では、回答者の70%がコンサートに合わせて旅行を計画し、約4分の3が「旅を伴うことでライブがより意味のある体験になる」と答えている。さらに、約6割が毎年ライブを目的に移動するとされている。

ただし、これはライブ事業を展開する企業による調査であり、数字はその立場を踏まえて見る必要がある。それでも、コンサートが単なる外出予定ではなく、誕生日や卒業旅行のような「記憶に残る節目」として扱われ始めている傾向は見逃せない。

遠征するファンにとって、ライブは開演した瞬間から始まるものではない。

チケットの当落を確認した日から、ホテルを探し、移動方法を調べ、服装を考え、現地で何を食べるかを友人と相談する。その準備期間も含めて、一つの大きな体験になる。

公演終了後も、撮影した写真や購入したグッズ、訪れた飲食店の記憶が残る。

数時間のステージが、数カ月にわたる楽しみへと拡張されているのだ。

若い世代に広がる「ライブ遠征」という旅の形

音楽ツーリズムの拡大を支えているのが、若い世代による体験重視の消費である。

AirbnbがインドのZ世代を対象に発表した2026年の調査では、62%がコンサートや音楽フェスのために旅行する予定だと回答した。また、76%が音楽イベントをきっかけに初めての都市を訪れた経験を持ち、53%は公演日以外にも滞在を延長している。

この調査はインド市場を対象としたものだが、ライブをきっかけに知らない街へ行き、その土地を体験するという行動は、世界各地で見られるようになっている。

米国では、一つの公演だけでなく、同じツアーの複数都市を回る「ショー・ホッピング」や、友人同士で宿泊施設を借りてライブ遠征を楽しむ「グルーピー・ゲッタウェイ」と呼ばれる旅行スタイルも注目されている。

同じセットリストであっても、会場の大きさ、観客の反応、アーティストの言葉、アンコールの雰囲気は毎回異なる。

配信では何度でも同じ音源を再生できる時代だからこそ、二度と完全には再現されないライブの一回性が、強い価値を持つようになっている。

ストリーミングが音楽と国境の距離を縮めた

音楽ツーリズムが広がった背景には、ストリーミングサービスによる聴取環境の変化もある。

以前は、海外アーティストの音楽に触れるために、輸入盤や音楽雑誌、専門番組などを探す必要があった。現在は、世界中で公開された楽曲が同じ日に配信され、SNSを通じてライブ映像やファンの反応も瞬時に共有される。

Live Nationの調査では、世界のファンの71%が母語以外の言語で歌うアーティストを聴いており、84%がライブ音楽には文化を越えて人々を結び付ける力があると答えている。

歌詞の言語や居住国が違っても、日常的に楽曲を聴き続ければ、ファンとアーティストの心理的な距離は近くなる。

その一方で、海外アーティストが自分の住む地域を訪れる機会は限られている。

「次にいつ見られるか分からない」という希少性が、国境を越えてでもライブへ行きたいという気持ちを強める。音楽配信によってファンは世界中に増えたが、生身のアーティストに会える場所は、依然として限られているのである。

SNS時代の遠征は「個人の旅行記」にもなる

ライブ遠征とSNSの相性も非常に良い。

会場へ向かう列車、現地の名物料理、ツアートラック、会場周辺に集まるファン、購入したグッズ、公演後の感想。ライブの一日は、投稿したくなる場面に満ちている。

Live Nationの調査では、ライブ参加者の94%が公演に関連した内容を投稿し、Z世代の約半数は投稿すること自体もライブへ行く理由の一部だと回答している。

こうした投稿は、参加できなかった人にもイベントの熱気を伝える。

あるファンの遠征記録を見た別のファンが、「次のツアーでは自分も行きたい」と考える。すると次の公演では、さらに多くの人が移動する。

ライブが旅行を生み、旅行の投稿が次のライブ需要を生む循環が形成されているのだ。

音楽イベントは地方都市の新しい観光資源になる

音楽ツーリズムの利点は、大都市だけに観光客を集めるのではなく、地方都市へ人の流れを生み出せる点にある。

有名な観光名所がなくても、人気アーティストの公演や特徴的な音楽フェスが開催されれば、その街を訪れる明確な理由ができる。

公演の前後にファンが宿泊すれば、ホテルや飲食店の利用が増える。会場周辺の商店街がアーティストの楽曲を流したり、限定メニューや展示を用意したりすれば、街全体を巻き込んだイベントへ発展する可能性もある。

英国では、2025年の音楽旅行がライブ音楽関連で7万4000人分のフルタイム相当雇用を支えたとUK Musicは推計している。

音楽イベントは一晩で終わるが、そこで知った街の印象は残る。

ライブ遠征をきっかけに土地を気に入り、別の季節に再訪する人が現れれば、音楽は一時的な集客を超えた観光の入口になる。

大型公演が盛況でも、音楽文化全体が潤うとは限らない

音楽ツーリズムの急成長には、華やかな面だけでなく課題もある。

UK Musicによると、英国では2025年に43のフェスティバルが中止、延期、または廃止された。前年の78件からは減ったものの、小規模イベントが運営コストの上昇に苦しむ状況は続いている。

世界的スターのスタジアム公演に何万人もの観客が集まっても、その収益が地域のライブハウスや若手アーティストへ自動的に行き渡るわけではない。

むしろ、ファンの予算が高額なチケットや遠征費へ集中し、小規模な公演へ足を運ぶ余裕が失われる可能性もある。

大規模ツアーは街に莫大な経済効果をもたらす一方で、会場周辺の宿泊料金上昇、交通機関の混雑、チケット転売などの問題も引き起こす。

音楽ツーリズムを持続可能な文化にするためには、スターの公演だけでなく、アーティストが育つライブハウスや地域フェスも含めた音楽環境を守る必要がある。

ライブ遠征の高額化がファンを疲れさせる可能性

ライブのために旅をする場合、ファンが負担するのはチケット代だけではない。

交通費、宿泊費、飲食費、グッズ代を合計すると、一度の遠征が大きな出費になる。人気公演の開催日には周辺ホテルの予約が集中し、通常より高い料金になることも珍しくない。

英国の音楽旅行による112億ポンドの消費額には、チケット、飲食、グッズ、交通、宿泊などの直接消費に加え、警備や会場設備などの間接的な支出も含まれる。また、金額の増加には物価やチケット価格の上昇も影響していると報じられている。

「一生に一度かもしれない」という気持ちは、ファンに予算以上の支出を決断させやすい。

しかし、音楽を好きでいることと、すべての公演に参加することは同じではない。

SNSで他人の遠征記録を見て焦りを感じても、自分の生活を圧迫してまで追いかける必要はない。配信で楽しむ、近隣公演だけを選ぶ、小規模なライブへ行くなど、音楽との距離は人によって違ってよいはずだ。

日本でも「公演日程」が旅行先を決める時代へ

日本には、鉄道網が発達し、都市ごとにホール、アリーナ、ドーム、ライブハウスが存在するという、音楽ツーリズムと相性の良い環境がある。

全国ツアーや地方フェスでは、ライブを目的に県境を越える行動が以前から定着している。現在起きている変化は、その遠征が公演だけで完結せず、観光や食、宿泊を組み合わせた旅行として意識され始めていることだろう。

今後、自治体や観光事業者がライブ主催者と連携し、公演チケットと交通、宿泊、地域体験を組み合わせる動きが広がる可能性がある。

会場周辺だけでなく、商店街、飲食店、観光施設まで含めた回遊を設計できれば、ファンにとっても地域にとっても満足度の高い遠征になる。

アーティストの出身地、楽曲の舞台、ミュージックビデオの撮影場所を訪れる旅と、実際のコンサートを組み合わせる楽しみ方も考えられる。

音楽は目に見えない作品だが、土地と結び付いた瞬間に、具体的な旅の目的地を生み出す。

音楽を「聴く」から、音楽のある場所へ「行く」時代

ストリーミングサービスによって、私たちは自宅にいながら世界中の音楽を聴けるようになった。

その便利さがライブの価値を下げると思われた時期もあったが、実際には逆の現象が起きている。

いつでも音源を聴けるからこそ、同じ場所に集まり、同じ瞬間に歓声を上げる体験が貴重になった。

ライブは音楽を再生する場所ではない。

アーティストと観客、ファン同士、そして開催地の街が、その日だけの空気を作る場所である。

次の旅行先を決める基準は、有名な観光地があるかどうかではなくなるかもしれない。

「そこで、誰の音楽を聴けるのか」。

一枚のライブチケットが、まだ知らない街への切符になる時代は、すでに始まっている。