また会おうと口にしても、次に会える日が決まっているとは限りません。その挨拶には、再会への願いと、これが最後になるかもしれない寂しさが同居しています。
RIP SLYMEの「マタ逢ウ日マデ」は、そんな別れ際の複雑な気持ちを、冬の街の情景や、繰り返される鐘のイメージと重ねて描く楽曲です。
にぎやかな夜にも、誰かと肌を寄せる時間にも、やがて終わりが訪れる。それでも相手とのつながりを手放しきれないところに、この曲の切なさがあります。
本記事では、歌詞の表現を手がかりに、別れと再会、「鐘」の意味を考察します。以下は作品に基づく一つの解釈です。オリコンニュース(ORICON NEWS)
「マタ逢ウ日マデ」の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曲名 | マタ逢ウ日マデ |
| アーティスト | RIP SLYME |
| シングル発売日 | 2000年11月23日 |
| 作詞 | RYO-Z・ILMARI・PES・SU |
| 作曲 | Tomoyuki Tanaka・DJ FUMIYA |
| プロデュース | 田中知之(Fantastic Plastic Machine)・DJ FUMIYA |
| 主な収録アルバム | FIVE(2001年7月25日発売) |
発売日とプロデュース情報は、Warner Music Japanの公式ディスコグラフィーに記載されています。「マタ逢ウ日マデ」は、メジャー1stアルバム『FIVE』にも収録されました。作詞・作曲の情報は、ORICON NEWSの掲載クレジットで確認できます。Warner Music Japan
公式紹介では、メロディアスで疾走感のあるトラックとラップが特徴として挙げられています。歌詞の寂しさと音楽の推進力を合わせて捉えると、この曲の魅力が見えてきます。Warner Music Japan
歌詞全体の意味|終わる時間を、再会への願いでつなぐ
「マタ逢ウ日マデ」は、別れの瞬間に、相手との関係を未来へつなごうとする歌として読めます。
ただ、歌詞にあるのは穏やかな希望ばかりではありません。その場限りになるかもしれない関係や、感情を投げ出したくなるような気配も含まれています。
だからこそ、タイトルの挨拶が胸に残ります。次を確かめられない状況でも、人は、相手との時間が続いてほしいと願うからです。
別れを受け入れることと、関係を終わらせることには違いがあります。今日の時間が終わっても、その人の存在が自分の中から消えるわけではない。「また」という言葉には、その余地を残しておく働きがあるように感じられます。
再会を願うタイトルが、切なく響く理由
タイトルは未来へ向けた挨拶ですが、繰り返される歌詞には、今夜で最後になる可能性もにじんでいます。
この二つの感情が重なることで、再会の言葉は、確実な予定よりも、壊したくない願いとして響きます。
いつでも連絡できる相手に告げる挨拶と、次に会えるか分からない相手へ告げる挨拶では、同じ言葉でも重さが変わります。この曲から感じられるのは、後者に近い、行き先の定まらない思いです。
そこで無理に永遠を約束せず、再会までの時間を残しておく。その曖昧さには、人との関係を簡単には言い切れない誠実さもあるのではないでしょうか。
「鐘」は、終わりと始まりの境目を響かせる
曲中で繰り返される鐘は、作品全体をつなぐ大切なモチーフです。
鐘の音は、時間の区切りを知らせるものとして捉えられます。そのため、この曲では、いま過ごしている時間が終わることを意識させる音として読むことができます。
一方、歌詞には、自分たちで鐘を鳴らそうとする動きがあります。ここに、感情を外へ放とうとする力が見えてきます。
別れの場面では、伝えたい気持ちほど言葉にならないことがあります。寂しさや未練、強がりが混ざり合い、落ち着いた説明には収まらない。その感情を、音にして響かせようとしているように感じられるのです。
こうして鐘は、時間の終わりを告げながら、次へ踏み出す合図にもなります。哀愁と勢いが同じ場所にあることが、この曲らしい別れの描き方だと考えます。
一夜のぬくもりと、誰かに支えられる心
歌詞には、名前さえよく知らない相手との出会いや、寒さの中で身体を寄せる場面があります。また、相手の存在が自分を支えていると受け取れる言葉も置かれています。オリコンニュース(ORICON NEWS)
これらを一緒に読むと、人が誰かを求める理由の複雑さが浮かびます。
寂しさを埋めたい、今夜だけでも一人になりたくない、相手の夢に関わっていたい。人に近づく気持ちの中には、その場の衝動と、長く続く願いの両方があり得ます。
親密な時間を過ごせたとしても、それだけで将来への不安が消えるわけではありません。むしろ、その時間が大切になるほど、終わった後の距離も意識されるでしょう。
この曲の恋愛的な場面は、温かさを描くと同時に、温かさを失う怖さも感じさせます。だから、別れの挨拶が、軽やかにも、すがるようにも聞こえるのです。
冬の街と年末のにぎわいが、孤独を際立たせる
歌詞には、寒さやコート、ネオン、クリスマスと新年を思わせる言葉が登場します。オリコンニュース(ORICON NEWS)
冬の街は、人が集まり、誰かと過ごす予定が増える場所でもあります。そのにぎわいの中では、自分と他人との距離をいつも以上に意識することがあるでしょう。
一緒にいる間の楽しさと、帰った後の静けさ。人混みに包まれる感覚と、その中に自分が溶けてしまうような心細さ。季節の描写からは、そうした感情の落差を読み取れます。
また、年末年始は、時間の区切りが見えやすい時期です。街の明かりが華やかであるほど、一つの時間が過ぎていくことも実感されます。
この曲の冬景色には、出会いを彩る役割と、やがて離れる二人の距離を際立たせる役割があるのだと思います。
メジャーデビュー前の作品として読むと見える「旅立ち」
「マタ逢ウ日マデ」は、RIP SLYMEがメジャーデビューする前の作品です。翌2001年3月22日、グループは「STEPPER’S DELIGHT」でメジャーデビューしました。Warner Music Japan
この時系列を踏まえると、タイトルを、活動の節目に立つグループの挨拶として受け取る読み方もできます。
新しい場所へ進むときには、今いる場所や、そこで出会った人との関係が変わることがあります。その変化を引き受けながら、つながりを残そうとする言葉として、再会の挨拶を捉えることができるのです。
これは、発表時期を踏まえた本稿の解釈です。
歌詞の相手を恋人や友人に重ねる読み方と、活動の転機に重ねる読み方は、それぞれの距離で作品を味わう手がかりになります。
「誰に向けた歌か」を一つに決めずに聴く
「マタ逢ウ日マデ」には、出会いの軽さ、親密なぬくもり、相手に支えられる気持ち、別れを言い切れない心が重なっています。
そのため、歌詞の相手を特定の一人に固定せずに聴くと、複数の感情がそのまま届いてきます。聴く側の経験によって、思い浮かべる相手も変わるでしょう。
恋人との別れを思い出す人もいれば、疎遠になった友人や、以前いた場所を思い出す人もいるかもしれません。再会の挨拶が持つ幅の広さが、作品をさまざまな記憶へ結び付けます。
この曲では、鐘を鳴らす強い動きと、次の約束を確かめられない心細さが一緒に響いています。その両方があるからこそ、別れ際の感情が生々しく感じられるのです。
また会いたいと願うことは、いま目の前にある時間を大切に思っている証でもあります。「マタ逢ウ日マデ」は、その願いを、終わりの寂しさごと響かせる歌なのだと思います。


