【高嶺の花子さん/back number】歌詞の意味を考察、解釈する。

3人組ロックバンド『back number(バックナンバー)』は、胸に突き刺さるようなラブソングを得意としています。
特に『高嶺の花子さん』という曲は、高い共感性よって魅了される一曲です。

この記事では、『高嶺の花子さん』の歌詞の意味に焦点を当ててみたいと思います。

偶然に出会えないかなぁ

君から見た僕はきっと ただの友達の友達
たかが知人Bにむけられた 笑顔があれならもう 恐ろしい人だ

back numberの歌詞は、多くの人に共感を呼び起こすものであり、「高嶺の花子さん」の冒頭部分もその一例です。
彼らの歌詞は、友人から恋愛の話を聞いているような感覚を抱かせる共感性に富んでいます。

特に、彼らの感受性や表現力は、トップアーティストならではのものです。
歌詞には、「知人Bに向けた笑顔がこれならば、恋人にはどんなに素敵な笑顔を見せるのだろう」というような瞬間が描かれています。
「恐ろしいくらい」という表現が、その笑顔の印象深さを示しています。
こういった独特の表現がトップアーティストらしい特長と言えるでしょう。

また、「君」の知人「A」でないことに対しても、無力感が表現されています。
その「知人B」という存在が、「君」との距離感を象徴していると感じられます。
これによって、二人の距離や複雑な感情に対して共感することができます。

全体的に、back numberの歌詞は日常的な経験や感情を描写しており、だからこそ多くの人々に親近感を抱かせることができるのです。

会いたいんだ 今すぐその角から 飛び出してきてくれないか
夏の魔物に連れ去られ 僕のもとへ

「友達の友達」であろうと「知人B」であろうと、自然な距離感を気にせずにデートに誘える人もいますね。

しかし、歌の主人公はどうしてもデートに誘う勇気が持てないようです。
だから、たまたま出会うことを願っています。

角を曲がったら「知人B」がいる可能性は非常に低いでしょう。
会いたい人に偶然出会うことは滅多にありません。

偶然出会う相手は、お互いが普段意識していないような人物かもしれません。

それでも、主人公はその現実を理解していながらも、「夏の魔物に連れ去られ」てでも、その人に会いたいと願っているのです。

理想化してしまう

君の恋人になる人は モデルみたいな人なんだろう
そいつはきっと 君よりも年上で
焼けた肌がよく似合う 洋楽好きな人だ
キスをするときも 君は背伸びしている
頭をなでられ君が笑います 駄目だ何ひとつ勝ってない
いや待てよ そいつ誰だ

片思いの相手の恋人が女性だと、自然と天使のような存在を想像してしまうことはよくありますね。

妄想の中では、「モデルみたいな顔と体形で、仕事のできるキャリアウーマンで家事も得意、性格もかわいくて素直で健気な人」といった、ありえないくらい理想的な人物像を思い描いてしまうこともあるでしょう。
「そんな人いる?」と思ってしまうほど、相手を高く評価しているからこそ、その相手となる男性像も理想化してしまうのかもしれません。

妄想の中では、お互いに幸せな時間が過ごせる場面が描かれ、「頭をなでられ君が笑います」といったシーンも浮かび上がります。
これらの共感ポイントが、この曲の魅力です。
片思いの気持ちや理想の恋人を妄想することは、誰しも経験する感情だからこそ、多くの人々に共感を呼び起こすのでしょう。

短いドラマを見ているよう

back numberの『高嶺の花子さん』は、共感性の高い曲として知られています。
この曲は、2019年のJOYSOUNDのカラオケ年間ランキングでも上位にランクインしました。

共感性だけでなく、この曲の魅力は他にもあります。
日常の些細な出来事を描写しながら、トップアーティストならではの感受性と表現力を感じることができるのです。

back numberは、その感受性と表現力によって何気ない日常を色鮮やかなドラマに変えてしまうことができます。
この曲が持つ真の魅力は、それらの要素が見事にコラボレーションしていることにあります。

一曲5分の中に、back numberのドラマを味わってみることは、間違いなく素晴らしい体験となるでしょう。
ぜひこの曲を通じて、彼らの感受性豊かな世界を楽しんでみてください。