「ネクター」の歌詞を読み解く:『欠けてく 壊れてく 離れてく』の意味とは
MOROHAの「ネクター」は、冒頭から胸をえぐるような言葉が続く。特に繰り返される「欠けてく 壊れてく 離れてく」というフレーズは、家族の崩壊や愛情の喪失を連想させる象徴的な一節だ。このフレーズは、表面的には“悲劇の描写”に見えるが、同時に語り手の「諦め」と「受容」の感情が内包されているようにも受け取れる。
また、全体の構成においては、時系列を遡るような回想的手法が用いられ、過去と現在が交錯する。聴き手は、語り手の内面の旅に巻き込まれながら、徐々にその“痛みの出所”を理解していく。決して大仰な表現ではなく、むしろ生活の中にありふれた言葉を選ぶことで、かえってリアルで共感性の高い歌詞となっている。
「ネクター」というタイトルの背景:祖父が最後に選んだ“ネクター”に込められた想い
タイトル「ネクター」は、単なる比喩表現ではない。Vanitymixのインタビューによれば、これはMOROHAのラッパー・アフロの実体験から来ている。彼の祖父が亡くなる間際、病院で口にしたのが“ネクター”というジュースだったという。その選択が、アフロにとって強烈な印象として残り、タイトルに結びついた。
この“ネクター”は、「生命の終わりに甘みを求めた祖父の無意識の選択」とも言え、歌詞全体に通底する“痛みの中の優しさ”や“残酷さの中の愛”というテーマと深く結びついている。甘さと苦さの象徴としての「ネクター」は、単なるジュースを超え、作品全体の比喩核として機能しているのだ。
家族の愛と崩壊を見つめる視点:アフロが歌詞で描いた“リアルな家族”
文春オンラインのインタビューでは、「家族の崩壊」と「極論に振り切らない視点」がアフロの創作の軸として語られている。彼の家庭では、かつて家族関係が崩れたことがあり、その体験が作品にも反映されている。「ネクター」の歌詞には、ただの被害者としてではなく、加害者としての自己認識も垣間見える。
例えば、「親を責めることは簡単だ。でも、それだけではない何かがある」というようなニュアンスが行間からにじむ。この複雑な家族観は、極端な怒りや悲しみに偏らず、どこか冷静で現実的だ。アフロは「家族を断罪する」のではなく、「家族と向き合い続ける」姿勢を貫いている。だからこそ、聴き手の胸にも深く刺さるのである。
MVの映像表現:魚乃目三太とのコラボが描く“家族の物語”
「ネクター」のミュージックビデオは、漫画家・魚乃目三太とのコラボによって制作されている。彼の描く柔らかくも不穏なタッチのアニメーションが、歌詞の世界観を視覚的に拡張している。特に印象的なのは、家庭内で繰り広げられる些細な喧嘩や沈黙、そして何気ない食卓のシーンだ。
MVでは、家族の愛情や怒りが静かに、しかし確実に積み重なっていく様子が描かれる。それは、歌詞の中にある「言葉にならない思い」や「過ぎ去った感情」に具体性を与えている。また、アニメーションの色使いや構図が、歌詞の「余白」を補完しており、音楽だけでは表現しきれない“静かなドラマ”を描いている。
MOROHAの表現スタイルと「ネクター」に見える成熟した詩的手法
MOROHAの楽曲は、ラップとアコースティックギターのみという非常にミニマルな構成である。しかし、だからこそ言葉のひとつひとつが際立ち、まるで演劇を観ているかのような没入感を与える。「ネクター」では特に、その“語り”としてのラップが極まっており、詩のようでありながら非常に現実的でもある。
また、近年のMOROHAには、“叫び”ではなく“語り”に重点を置いた作品が増えている傾向があり、「ネクター」はその象徴的な一曲だ。叫ばなくても伝わる怒り、泣かなくても伝わる哀しみ。そうした“表現の成熟”が、本作には確実に表れている。
【まとめ】Key Takeaway
MOROHAの「ネクター」は、家族の崩壊、死の記憶、そしてそれを乗り越えるための“語り”が融合した、非常に私的で普遍的な楽曲である。実体験に裏打ちされたリアリティと、極論に走らない人間的な視点が、聴き手の心に深く突き刺さる。まさに“痛みと優しさの共存”を体現した1曲だといえる。