【JAM/THE YELLOW MONKEY】歌詞の意味を考察、解釈する。

私は、THE YELLOW MONKEY(ザ・イエローモンキー、通称:イエモン)の『JAM(ジャム)』という楽曲が大好きです。
この曲は1996年2月にリリースされたものです。
では、なぜ今、『JAM』について語るのでしょうか?
これに疑問を感じる人もいるかもしれません。
しかし、純粋にこの曲が好きで、今の時代にもふさわしいと思うからこそ、『JAM』について言葉にしたいと感じました。
いや、言わなければならないと思ったのです。

2016年にイエモンは再結成し、紅白歌合戦に初出場し、『JAM』を演奏しました。
そのパフォーマンスを見て、私は鳥肌が立ちました。
彼らがステージに立つ姿からは、年月を経てきた経験と、困難を克服してきた強さが滲み出ていました。
それを見て、私は不思議な感情に包まれ、興奮しました。
言葉に引き込まれ、ステージの迫力に魅了されました。

なお、『JAM』の歌詞には、聴く者の創造力を刺激するような表現が多く含まれています。
具体的には、自身を歌詞に重ねて共感できる余地がある表現と、難解で一見自身を当てはめにくいが、違和感を覚えさせ、深い意味を考えさせる表現があります。
前者の例として、『JAM』の歌詞から以下のフレーズが挙げられます。

時代(とき)は裏切りも悲しみも 全てを僕にくれる

Good Night 数えきれぬ Good Night 罪を越えて

私は生涯の中で、多くの出会いや別れを経験してきました。
その中には、忘れられない出会いや痛ましい別れが含まれています。
また、他人を傷つけたこともあります。
たとえば、無用な言葉を口にして誰かを傷つけたことや、友人との関係が冷え込んだ際に距離をとってしまったことがあります。
自分の感情や傷つきやすさから、時には言葉で攻撃したり、問題を無視したりしました。
今振り返れば、なぜそんなことをしたのか後悔の念にかられます。
よく言われますが、後悔するとき、「~やっておけばよかった」という後悔の方が、「~しなければよかった」という後悔よりも深く心に残ると言われます。
私はどちらの後悔も同じくらい深く感じるのはなぜかと考えることがあります。
これは、おそらく「~しなければよかった」という後悔の方が、自己の罪悪感を引き起こすからかもしれません。
だれもが社会の中で過ちを犯すことがあります。
それは些細なことから大きな社会的な問題までさまざまです。
『JAM』の歌詞にある「時は~」というフレーズは、私に自己責任を感じさせ、自分の行動に対処しなければならないことを教えてくれたように思います。
もちろん、罪悪感を抱えたまま生きるべきではありません。
むしろ、過ちを認め、次にどのように進むべきかを考えることが大切だと思います。
作詞を手がけた吉井和哉(Vo./Gt.)が、このような考えから歌詞を書いたのかはわかりませんが、私はこの表現を自分自身に適用し、自己責任を取るべきだと感じています。
そして、後者の例として、最も心に残る歌詞を挙げるとすれば、以下のようなものです。

外国で飛行機が墜ちました
 ニュースキャスターは嬉しそうに
 「乗客に日本人はいませんでした」

初めて歌詞を読んだ際、非常に具体的ではあるが、特定の航空事故を指しているわけではないと感じました。
肝心なのはその部分ではなく、むしろ違和感を覚えるかどうかだと思いました。
私はこの歌詞を読んで、違和感を抱き、何とも言えない不安を感じました。
同時に、恐怖も湧いてきました。
その恐怖の理由は、死という概念が希薄に感じられたからです。
歌詞に描かれているように、飛行機事故が発生すると、多くの犠牲者が出る可能性が高く、それはショッキングです。
しかし、その中に日本人が含まれていないという情報が伝わると、安心感が生まれます。
「日本人が巻き込まれていないなら、それは幸運だ」と感じることがあります。
その瞬間、多くの人々が亡くなった事故は、「自分とは何の関係もない場所で多くの人々が亡くなった」という情報に過ぎなくなります。
しかし、本当に「幸運だ」と言えるのでしょうか?
日本人が巻き込まれていないからといって、多くの他国の人々が亡くなった事実は変わらないのに、なぜ私たちは自身には何の影響もないかのように振る舞えるのでしょうか。
この点について考えさせられ、不安ともども複雑な気持ちになりました。

さきほど述べたように、肝心なのは違和感を抱くかどうかだと思います。
情報があふれる時代、誰もが容易に自分の意見を表明できる時代、影響力のある人の意見は迅速に拡散します。
そして、多くの人がそれに賛同すれば、それは正しい意見と見なされがちです。
しかし、私たちはどう考えるべきでしょうか?
自身の意見が多数派と異なると感じたら、一度立ち止まり、「これは本当に正しいのか?私はこれに従ってもいいのか?」と疑問を抱くべきだと思います。
この特定の歌詞の部分は、聴く者に違和感を与え、想像力を掻き立て、考えさせる役割を果たしているように感じました。

最終的に、『JAM』はこのような歌詞で結ばれています。

こんな夜は 逢いたくて 逢いたくて 逢いたくて
君に逢いたくて 君に逢いたくて
また明日を待ってる

これらの言葉には、人々の情熱が宿っているように感じました。
知らない人の死に触れることで、それを冷たい情報として受け流すのではなく、自分の大切な人々を想像し、共感の温かさを感じました。
この曲は、社会への疑問をただ投げかけるだけの曲ではないように思います。
美しい社会であるかどうかに関係なく、本当に価値あると感じるもの、真実と信じるものを抱きながら生きていくことの熱いメッセージが込められているのではないでしょうか。
最初に述べたように、現代社会において、イエローモンキーの『JAM』という曲を聴く意味は、まさにここにあります。
情報が氾濫し、社会が飽和状態にある中で、真実を見極め、自分が何を大切にし、何を信じるかを考え、その選択を信じて進む強さが、現代社会で最も求められていることかもしれません。

話が長くなりましたが、バンドの人気が急上昇し、その時代を代表するロックバンドとして脚光を浴びていた頃の激動の出来事や彼らの苦労については、まだまだ知識が不足しています。
それでも、『JAM』という曲に対する思いを共有したかったのです。

なぜ今の時代に彼らの音楽が聴かれるべきなのかという視点で文章を書くことに決めました。

彼らは非常に精力的に活動を続けています。
年齢を感じさせない彼らは、音楽の素晴らしさを信じ、音楽を奏でる喜びを堪能しています。
この4人は力強く、美しく、特別に輝いて見えるのです。

THE YELLOW MONKEY 「JAM」 歌詞全文

歌詞全文

暗い部屋で一人 テレビはつけたまま
僕は震えている 何か始めようと
外は冷たい風 街は矛盾の雨
君は眠りの中 何の夢を見てる?

時代は裏切りも悲しみも 全てを僕にくれる
眠れずに叫ぶように からだは熱くなるばかり

Good Night 数えきれぬ
Good Night 夜を越えて
Good Night 僕らは強く
Good Night 美しく
儚なさに包まれて 切なさに酔いしれて
影も形もない僕は
素敵な物が欲しいけど あんまり売ってないから
好きな歌を歌う

キラキラと輝く大地で 君と抱き合いたい
この世界に真っ赤なジャムを塗って
食べようとする奴がいても

過ちを犯す男の子 涙化粧の女の子
たとえ世界が終わろうとも 二人の愛は変わらずに

Good Night 数えきれぬ
Good Night 罪を越えて
Good Night 僕らは強く
Good Night 美しく
あの偉い発明家も 凶悪な犯罪者も
みんな昔子供だってね
外国で飛行機が墜ちました ニュースキャスターは嬉しそうに
「乗客に日本人はいませんでした」
「いませんでした」 「いませんでした」
僕は何を思えばいいんだろう
僕は何て言えばいいんだろう
こんな夜は 逢いたくて 逢いたくて 逢いたくて
君に逢いたくて 君に逢いたくて
また明日を待ってる