【月曜日の歌/NEE】歌詞の意味を考察、解釈する。

2022年1月5日(水)にデジタルリリースされたNEEの楽曲「月曜日の歌」について、その歌詞が持つ意味について私なりに分析してみます。

この解釈は完全に私個人のものであり、作詞・作曲者の本来の意図とは異なる可能性がございます。

解放と影:「月曜日の歌」に込められた別れと孤独の物語

「月曜日の歌」は「別れ」とそれから生じる「孤独感」を中心に据えています。

互いに本心を隠し合って続けた恋に疲れ果て、最終的には離れる道を選びます。

自由になったと思った日々も、何処かに暗い影がちらつきます。

求めていた未来であるにも関わらず、私の心には予期せぬ「夕立」が訪れます。

この曲は、そんな心情を「月曜日の歌」として表現しています。

隠された愛と忘却のメロディ:月曜日の誓い

途方に暮れた部屋の中
味もしなくなった僕の体
君を見るだけ悲しくなって
沈む世界に僕は目を閉じる

最初に、主人公(以下、「私」)は一人きりの部屋で立ち尽くしている。

恋人(以下、「あなた」)との別れを経て、何もする気が起きず、重たい世界でただぼんやりと生きている。

部屋中に散らばる「あなたとの記憶」を目にするたび、心はただ悲しみに包まれる。

ここじゃ
抱えきれない人ゴミと
溢れんばかりの命の歌
話もしないで忘れられちゃって
2人おもちゃのような物語

「私」が街へと足を運んだ時、そこには無数の人々がおり、それぞれが自分だけの「生命の旋律」を持っていることに気づく。

そんな広大な世界の中で、「私」の話はちっぽけな玩具みたいなもので、語られることもなくやがて忘却の彼方へと消えていく。

僕ら
絶対的ヒーロー
夢は覚めずに
叫ぶ情緒
何もないけど誰も居ない
この町で
「サヨナラまた会いましょ」

二人が続けた互いへの偽りは外から見れば典型的な恋愛劇で、「英雄」のような生き方をしていたと言える。

今はもう離れて、束縛も苦痛もない自由な生活を手に入れたが、そばにはもう誰もいない。

別れの瞬間まで、「またね」という本心からは遠い言葉を交わし、英雄役を貫き通した。

まさに今こそ
簡単な事じゃない
僕ら傷だらけになったばかり
明日は臆病で素敵な月曜日の歌
曖昧な事じゃない
街は君を奪い去り逃避行
夜は鈍感で静かな僕は歩いて帰る

私たちは関係を閉じ、傷ついたままです。

明日は「あなた」と別れてからの最初の月曜日を迎え、1週間がスタートします。

支えを失い、怖がりになった私ですが、その一方で、飾り気のない生活にはある種の魅力を感じています。

夜は私の心を理解してくれず、いつものようにただ暗闇を提供するだけです。

私はあなたを連れ去った街から背を向け、静かに家路に就きます。

荒んだ僕を抱きしめて
瞼の裏に潜むこの気持ち
怖くないから手を繋いでよ
本当の事が喋れない

だけど
産まれてくるメロディには
何故か君との懐かしき日々が
脳裏を突いて優しく包んだ
今日も素敵な曇り空の下

第二節は、私の回想から始まります。

心の中に感情を閉じ込め、窮屈に過ごしていたあなたとの時間。

しかしその日々を振り返ると、私を温かく包み込むメロディが生まれます。

私が選択した「美しい」と思える人生には、かつてのような輝きは失われ、「曇天」の日々が続いています。

胸に
退廃した根性
灯る事ないがそれで上等
期待外れに煌めいた
僕の正義
「いつでも忘れていいから」

長い間耐え忍んできたその「勇気」は、もはや私の心を照らすことはない。

そう自分に言い聞かせて覚悟を決めたその時、別れの瞬間に私の中に予想外の「正義感」が輝いた。

「忘れても大丈夫だよ」と自然と漏れたあの言葉は、もちろん真意ではない。

ただのヒーロー役を最後まで演じてしまった別れのセリフだった。(この瞬間、物語は第一サビ前へと時間軸が戻る。)

健全な人間さ
「僕も泣きたい時があるんだよ」
いつも
戦ってばかりの主人公の謳歌
残念な事だらけ
それでも僕ら嘘をつき笑う
馬鹿さ
謙遜で孤独な僕達は夢を見る

私は実際、ヒーローなどではない。

涙を流したいときもあれば、苦しい瞬間もあり、常に内心では葛藤している、ヒーロー像からはほど遠い人物だ。

それでも、私の人生の中心は自分自身だ。

共に偽りを重ね、共に笑い合った。

あなたと一緒にいても、私たちは最終的には孤独を抱えている。

心に映る天気予報は
「にわか雨です
傘を持ちましょう」
それに明日は
祝日なので
1人ぼっちの
僕はお留守番

自分が選んだ道を歩む中、時に突然の悲しみや苦しみに見舞われる。

それがまるで「夕立」のよう。

事前に準備し、守りを固めることが大切だ。

かつては君と共に楽しんだ週末も、今は孤独に過ごす時間となった。

愛を込めて
泣いているのに
気づかれないの
恵まれ生きた
全ての人に
だけどいつか
忘れてしまうでしょう?
1人で歌う
月曜日の歌

愛が僕に欠けていたわけではない。

しかし、その愛を率直に示すことができず、周囲が期待するようなヒーロー役になってしまう。

しかしこの痛みも、いずれは記憶から消えていくだろう、と自問自答する。

新たな日々の幕開け、特に「月曜日」に、私はメロディを紡ぎ出す。

明るいメロディの裏に隠された孤独:「月曜日の歌」と私たちのクインテット

この曲は、一聴すると明るくポップなメロディが印象的で、表面的には楽しげに聞こえる。

しかし、歌詞の内容を深掘りすると、その印象は一変する。

「孤独」という普遍的な感情を、蔵馬、かほちゃん、夕日くん、大樹さん、そしてこの曲を耳にする私たち全員が共有する「クインテット」(五重奏)を通して描いているように感じる。

私たちはこれからも、全てを手放し、新しい始まりに臆病でありながらも美しい「月曜日」をどれだけ迎えるのだろうか。

そんな「月曜日」の歌を唱えながら。