漫画「それでも町は廻っている」16巻(最終巻)の批評と感想。

「それ町」こと「それでも町は廻っている」は本当に大好きな作品のひとつです。

あのシャフトでアニメ化もされました。

漫画はすでに完結して何年か経っているのですが、今回は漫画「それでも町は廻っている」の最終巻にあたる16巻について触れていきたいと思います。

それぞれの恋愛模様

基本的に最終巻である16巻ではこれまでのありとあらゆる伏線が回収されていると言っても過言ではないのですが、やはり気になってくるのが恋愛事情です。

タッツンこと辰野 俊子は真田 広章が好きで、その真田は主人公である嵐山 歩鳥に思いを寄せています。

さらに、歩鳥とタッツンは親友です。

やきもきする三角関係なのですが、歩鳥は恋愛に関しては鈍く、真田の思いにもまったく気づいていません。

それもあって、ここの三角関係は一切進展することがありませんでした。

こういった恋愛要素があると最終巻でカップルが量産されそうなものですが、そこはさすが「それ町」といったところでしょうか。

結局、最終巻でもここの三角関係は進展しませんでしたし、この3人がそれぞれ誰かとくっつくということもありませんでした。

それぞれで少し思うところはあったようですが、この3人はこの3人のままの気がします。

そして、忘れてはいけないのが歩鳥とタッツンの担任である森秋先生の一件です。

歩鳥に振り回されっぱなしの森秋先生なのですが、かつて森秋先生に恋した文学少女の話があったことを覚えているでしょうか?

その文学少女が学校の教師になっているという話だったのですが、森秋先生に露骨な好意を向けている先生がひとりいました。

それが西先生です。

おそらくほとんどの方が文学少女は西先生だと考えていたでしょうが、実は文学少女は溝口先生だったことが判明します。

ちなみに、過去の話を読み返してみると溝口先生が森秋先生をストーキングしているのがわかります。

ただ、ここもハッピーエンドというわけにはいかず、ビターエンドで幕を閉じました。

森秋先生はやや狂気的な愛情を向けられることが多いようです。

じわじわと変わっていく日常

「それでも町は廻っている」という作品は、SFであったりオカルトであったりといろいろな要素が織り交ぜられているのですが、基本的には主人公である歩鳥の日常が描かれています。

日常の中で新しい出会いがあったり、ちょっとしたハプニングがあったり……そういったことは当然あったわけですが、土台となる日常というのは変わっていませんでした。

歩鳥と歩鳥を取り巻く優しい世界が日常としてこれまでずっと続いてきたわけです。

ただ、最終回にしてその日常がじわじわと変わっていきます。

メイド喫茶「シーサイド」が普通の喫茶店に戻ってしまうのがその象徴とも言えます。

ですが、なくなってしまうのではなく、もとの状態に戻るだけというのもなかなか優しいなと思います。

今まであったものがなくなってしまう寂しさはあるものの、やはりそこに広がっているのが優しい世界であることには変わりないのです。

当時、物議をかもしたラストとその後

連載のほうで追っていたという方であれば、歩鳥の「良いオチが思い付かないよーっ」というラストに衝撃を受けたのではないでしょうか?

実際にこのラストに関しては「それ町らしい」という声もあれば、「投げっぱなしだ」という声もありました。

個人的にはそれ町らしくてまったく問題はなかったのですが、実は最終巻ではこのラストのその後はエピローグとして描かれています。

そこでは亀井堂静とのやり取りが描かれているのですが、歩鳥の成長と静の表情と……すべてが最高のラストになっています。

エピローグが真のラストとも言えるので、エピローグのために最終巻を手に取ってほしいくらいです。

時系列がバラバラだからこそ無限に広がる世界

最終巻も含めてですが、基本的に「それでも町は廻っている」は時系列がバラバラです。

そのため、人によっては読みにくく感じられることもあるでしょう。

ただ、時系列がバラバラだからこそどこから読み始めても楽しめますし、伏線回収のために何度も何度も読み込む楽しみがあるのです。

ついでに言うと、時系列がバラバラだからこそ最終巻のどのエピソードを自分の中での最終回にするのかを決められます。

一部しか触れていませんが、最終巻に収録されているエピソードはそのどれもが最終回に相応しい内容となっています。

一応、個人的にはエピローグが真の最終回だと思っていますが、どれを最終回とするのかは自分次第です。

こういったいろいろな可能性を残してくれた石黒先生には「さすが」としか言いようがありません。

タイトルとURLをコピーしました