漫画「リアル」15巻の批評と感想。

待ちに待った「リアル」の15巻を読み終え、この漫画ほど、タイトル名が内容に則した作品はないと改めて思った。

車イスバスケ、障害者などの「リアル」に触れながら、それと葛藤する若者3人の物語。
メインとなる若者は3人いるわけだが、今回はその中の1人、高橋について触れたいと思う。

高橋は父親に見捨てられたトラウマから、人をランク付けする癖がついてしまった18歳の青年だ。
彼はある日、交通事故により下半身不随になる。

15巻では3人ともそれぞれ大事なストーリーが語られるが特に私は高橋に感情移入して読んでいた。
何故だろうかと考えたときに、やはり彼が自分でランク付けしたエリートから一気に下半身不随の障害者という過酷な立場になるところに理由があると思う。
彼が今後どうなっていくのか。
どう障害者である自分と向き合っていくのか。
動向が気になるのだ。

それに加えて、人をランク付けする癖だが、最初は嫌な奴だな程度にしか思っていなかった。
しかし読み進めていくうちに、このランク付けは多くの人が無意識のうちに大なり小なり行っているのではないかということに気が付く。
そして、高橋の人間臭さに徐々に感情移入をしていくのだ。

以上の理由から高橋に焦点を当てて、「リアル」15巻の批評と感想を述べていきたいと思う。

突き付けられるリアル

102ページの上のコマに15巻の高橋の物語が集約されていると感じた。
今までチェアスキルだけを5か月間も練習してきてようやくバスケットボールを投げるシーンだ。
読者は皆、努力が実ってシュートができるのではないかと期待を抱く。

しかし、現実は厳しい。
ボールは全く飛ばす、腰から下は薄い一枚の紙のように感じてしまう。

このシーンが、今の高橋の「リアル」として描かれていると考える。
視覚的にもインパクトを残すシーンだ。
15巻は名シーンが多く、のちに、リハビリセンターを脱走した高橋の元に、白鳥やふみかたちがかけつけ、高橋を励ます場面がある。
非常に感動的なシーンでうるっとくるが、私はあえてこの102ページの1コマを1番のハイライトに推したい。

このコマは読者にも絶望感を与えている。
下半身が紙のようにペラペラに表現されるという視覚的に強烈なインパクトと高橋の絶望的な表情の二つを同時に与えることによって、読者は大きなダメージを負うことになる。
現に私はショックを受けて、しばらく、そのコマが頭から離れずに、読み進めることになった。

ここで挫折や絶望感を印象づけたことにより、後の再起するシーンでのカタルシスにつながるのではないかと考える。

次にランク付けについても語っておきたい。

高橋はその後のドリームスの練習で飛んできたボールに触れただけで、その勢いに耐えかねて転倒してしまう。
自分の体がもう昔の自分の体ではないこと、そして、人生においても転んでしまったことを表していると感じた。
そして、習慣付いてしまったランク付けにより、自分はここでは最下位、皆から見下されていると思い込む。
それが原因で彼はリハビリセンターを抜け出すことになる。

誰も高橋のことを馬鹿になどしていない。
むしろ、そのガッツを称えている。
しかし、高橋は上から目線だと勝手に思い込む。
ランク付けの癖が抜けていないのだ。
リハビリセンターでの白鳥たちとの出会いにより、少しずつランク付けの傾向は薄れてきたが、ひとたび、壁にぶち当たると癖はぶり返す。
幼少期に父親に見捨てられたトラウマから起きたランク付けの癖はなかなか克服することはできないのだ。
そこが泥臭く、「リアル」に描かれていると感じる。

自分を認めるということ

高橋は車イスバスケの最も障害の重いクラスであるローポインターのことも最底辺のポジションと馬鹿にしていた。
リハビリセンターを抜け出し、屋外で白鳥の動画を見る。
そこで白鳥の放った「クソ野郎ども」という言葉に反応する。
それは自分のことだと。
そんな自分が車イスバスケの練習を5か月間もして、何故自分の光になるかもと期待したんだと自問自答する。
そして、感情が揺れるのはもう嫌だと嘆く。
それはその反動で傷つくことを知っているからだ。
13巻での白鳥のプロレスのシーンでもわかるように、本来は感情的で素直で優しい青年だ。
それを無理やり自分の手でエリートのレッテルを張り、涼し気な顔をしているだけだ。

その証拠に、高橋の元にかけつけた白鳥がハイテク治療を受けて歩けるようになる可能性があると知った時、自然と涙をこぼしている。
白鳥は自分たちは高橋の頑張りを知っていると励ます。
高橋は仲間のその言葉に今の自分を認めようとする。
今の自分を認めるということは102ページのシーンの絶望、ドリームスの練習での転倒した自分を受け入れるということだ。

自分の積み重ねてきたものを崩さなければ、自分を受け入れることができない。
高橋の歪んでしまった考え方が自分を苦しめているのだ。

しかし、彼はローポインターである自分を認めた。

そして、ローポインターである永井にローポインターについて尋ねている。
今まで底辺だと馬鹿にしてきたものに自ら立ち向かったのだ。

まとめ

高橋はこれから先もきっとつまずくことがあるだろう。
だがその度に仲間の存在や自分との葛藤があり、また前に進むだろう。
その繰り返しこそが「リアル」なのではないだろうか。

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