【ネタバレあり】映画「ヒメアノ〜ル」の批評と感想。

あらすじ

普通の日常に焦りを覚えつつ、岡田(濱田岳)はビルの清掃のパートタイマーとして働いています。
ある日、先輩の安藤(ムロツヨシ)から、思いを寄せるカフェの店員ユカ(佐津川愛美)との恋のキューピッド役を頼まれます。

ユカが働くカフェで、高校の同級生の森田正一(森田剛)と偶然再会した岡田。
しかし、ユカから彼女が森田にストーキングをされていることを知らされることになります。

前半部分

『ヒメアノ~ル』というタイトルが少しコミカルな印象を与えましたが、実はこれは小さなトカゲの種類で、強者の餌となる弱者を意味する言葉です。

この作品は、漫画家・古谷実による同名コミックが映画化されたもので、公開当時は未読だったため、映画の内容には驚かされました。

監督の𠮷田恵輔氏の作品としては、これまでに観たことのないジャンルだったし、主演がV6の森田剛さんということで、おそらくはラブコメ路線かなと考えていました。

ところが、そんな予想は大きな誤りでした。
本作では森田剛さんが抑圧された狂気を演じ、それが作品の魅力を支える要素となっていました。
彼の演技は本当に素晴らしかったです。

彼は蜷川幸雄氏や宮本亜門氏に育てられただけあって、ジャニーズ・タレントという先入観を忘れて、真摯に役に向き合う俳優だと感じました。

特筆すべきは、出刃包丁を手にした彼の自然な身のこなしです。
『ザ・ファブル』のようなアクション殺陣を演じるわけではないのに、メッタ刺しで殺しまくる姿は、舞うような流麗な動きではないが、それが逆にリアルな迫力を生み出していました。

ジャニーズのタレントがここまでの演技に挑戦するとは思いませんでした。
これは生田斗真さんの『土竜の唄』以来の衝撃でした。
少し意味は違いますが、それほどのインパクトを受けた作品でした。


物語は、ビル清掃の仕事をする主人公の岡田(濱田岳)と、彼の職場の先輩である安藤(ムロツヨシ)との会話から始まります。
先輩の安藤は、どうにも言動も風貌も気色悪い印象で、カフェの店員ユカ(佐津川愛美)を「天使ちゃん」と呼び、ひそかに彼女に恋焦がれています。

安藤は岡田を利用して、巧みにユカと親しくなろうと画策しますが、その結果、ユカは安藤ではなく岡田に惹かれ、ふたりは内緒で交際を始めます。

これまでの展開は、非モテ童貞男子が不思議なことに可愛らしい女の子と恋に落ち、ラブコメ風のロマンチックな物語を描いています。

ムロツヨシが演じるキャラクターは、ラブコメにしては少々不気味さがありますが、過去の作品で見られるような悪ノリはなく、上手く演じていると言えます。
彼の演技は、『今日から俺は‼』の教師役などを考えると、無理なく物語に馴染んでいます。

物語はユカが連れてきた女友達との合コンで笑いを交えつつ進んでいますが、今後どのような展開に向かうのか、そしてユカのストーカー疑惑のある森田(森田剛)が物語にどう絡んでくるのか、まだ見えていません。


岡田(濱田岳)とユカ(佐津川愛美)が仲良く初めての夜を過ごすアパートの一室のシーン。
しかしその隣では、岡田の通っていた高校の同級生である森田(森田剛)が、高校の友人である和草(駒木根隆介)を脅迫し、毎月カネを巻き上げていることがわかります。
これにより、不穏な空気が漂い始めます。

ここで、『HIMEANOLE』と英語でタイトルが表示され、映画のトーンが大きく変わります。
以降は、ラブコメ要素はなく、サスペンススリラーとして進行していきます。

監督の𠮷田恵輔氏は原作の映画化にあたり、結構手を加えています。
原作では森田の心の声が多くモノローグで語られているのですが、映画ではそれを避け、森田をミステリアスな存在として描いています。
この演出について、原作ファンからは様々な意見があるかもしれません。

私自身は、監督のプロ意識を感じることができました。
R18指定にならずにR15指定で済むように、男女の体の重なり具合や凶器の描写など、細部にまで配慮されたのだと思います。

後半部分

タイトルが表示される直前、和草が婚約者の久美子(山田真歩)に森田の過去を告白します。

高校時代、彼らは壮絶ないじめに遭っていました。
ついに森田は精神的に追い詰められ、いじめの首謀者を捕らえて和草の協力を得て撲殺し、その後死体を埋めてしまいました。
この過去が、和草が強請りの対象になっていた秘密でした。

その後、和草は突然森田に呼び出されます。
「わぐっちゃん、今から来てよ。ちょっと殺したいヤツいるからさ。高校のとき、岡田っていただろう?」
ここから物語は怒涛のシリアルキリングへと突入します。
森田は無表情で淡々と、鉄パイプで殴打し、放火し、強姦し、銃撃し、包丁でメッタ刺しし、そしてひき逃げまで行動を起こします。

また、自首しようとする和草に対し、久美子は「それなら森田って人、殺そうよ」と提案します。
森田の部屋に乗り込み、先制攻撃を試みる和草ですが、あえなく返り討ちに遭います。
森田が棒で久美子を叩き、灯油をまいて火のついた紙を投げるシーンと、岡田がユカと裸でもつれあい、最後にティッシュを捨てるシーンがシンクロする瞬間もあります。


ユカは原作よりも𠮷田恵輔監督が好みのキャラクターになっていると言われています。
佐津川愛美は魅力的な女性を演じていますが、私にとって彼女は『鳩の撃退法』(タカハタ秀太監督)で演じたようなファムファタ―ルのイメージが強く、本作でもただのカフェ店員とは思えない演技だと感じました。

結局、ユカは純然たる被害者であり、最後には森田に襲われます。
この男の悪行は止まることを知らず、警官を刺して拳銃を手に入れ、それをモデルガンと誤認した安藤は股間を撃たれてしまいます(ここだけちょっと笑いの要素があったけど、演出なのかムロツヨシの演技なのか)。

ユカのアパートの隣人の山中聡は、縛られて目隠しされても、射殺されるまで強気な態度を崩さず、カッコよかったです。
警官は気の毒だったけど、ちょっと無防備すぎたと思います。

数ある殺人の中で、私が一番狂気を感じたのは、夫が一軒家に帰ってくると妻の死体が転がる横で晩飯を食べている森田がいて、夫も刺殺したあとまた何もなかったように食事に戻るシーンです。

この理解不能な殺人者の不気味な行動で思い出したのは、『黒い家』(森田芳光監督)で大竹しのぶが演じたシリアルキラー。
おそらく、どちらも反社会性パーソナリティ障害の影響が疑われます。


さて、無差別殺人を犯す森田の行為は、当然許されるものではありませんが、映画では、彼が過去の壮絶ないじめによって人格が壊れてしまい、こう変貌してしまったように描かれています。

岡田は、高校時代に友人である彼がいじめられているのを見捨てたことを根に持っていると思い当たり、必死に謝罪します。
しかし、森田にはそんな記憶はなかったようで、単にユカにまとわりつく邪魔な存在だっただけだと言います。

ラスト、殺し損ねた岡田を乗せた盗難車で、森田が警察から逃走しようとします。
しかし、夜道で犬を避けようとして電柱に衝突し、逮捕されます。
その時、森田は昔の飼い犬に似ていたと感じます。

「岡田君、またいつでも遊びに来てよ」

刑事に連行されながら、そう語る森田は、高校時代に初めて親しくなった友人の岡田と、家でゲームに興じた日に戻っていました。

「お母さん、麦茶持ってきて」

それは、森田にとってかけがえのない、幸福だった日々の記憶だろうと感じられます。
サイコキラーの物語の締めくくりとは思えない、切ないエンディングでした。