【ネタバレあり】映画「エスター」の批評と感想。

はじめに、この記事には重大なネタバレが含まれているので、これからこの映画を見ようと思っている人は注意してほしい。

映画「エスター」は、サイコサスペンスの題材を巧みな脚本、そして不穏な音楽と演出で恐ろしいホラー映画に仕立て上げた傑作だ。

冒頭、主人公ケイトが大量出血のすえ血まみれの赤ん坊を出産する。
これは夢だったのだが、このシーンを最初に持ってくることで、この映画は「そういう」映画だということを視聴者の頭に叩き込んでいる。

このシーンがあるせいで、視聴者は、今後も次々と凄惨な事件が起こるであろうと期待(不安)を抱く。

序盤はその後もずっと何か不幸な出来事が起こりそうな不穏な空気が続くが、なかなか決定的な事件は起こらない。
だが視聴者は何度か音と演出で驚かされる。
そうすることで、少しずつ視聴者の緊張感を高めているのである。

そして主人公一家に起こるエピソードは、ほんの些細な出来事から徐々に大事件へと発展していく。

描き方によってはたいして怖くもないつまらない映画になりかねない題材を、巧みな脚本と演出で見事なホラー映画に昇華させることに成功した作品だ。

三人目の子どもを死産したジョンとケイト夫婦は、その悲しみを癒やすために孤児院から娘を引き取ることを決意する。

しかし引き取った娘エスターは変わり者で、思春期の長男には煙たがられ、学校でも問題を起こす。

やがて彼女は義兄妹たちの目の前で鳥を殺したり、いじめっ子を滑り台の上から付き落としたりと徐々に残酷な面を見せ始める。

一方、ケイトから滑り台の事故のことを聞いた孤児院のシスターは、エスターの過去について調べ始める。

そして、エスターは今までにも周囲で事件や事故が多く、その現場には必ず彼女がいたということがわかる。

シスターはケイトら夫婦にそのことを報告しにやってくる。

しかし、エスターが純粋な子どもだと信じているジョンはシスターの言葉をはねのけてしまう。

エスターは、帰ろうとするシスターの車を止めて金槌で殺してしまい、証拠を隠蔽する。

手伝わせた末っ子にも口止めをし、長男にもバレそうになったらカッターナイフで脅したりと、子どもたちを恐怖に陥れていく。

彼女は人を味方につけるのがうまい。
まずは耳の聞こえない末っ子に取り入るために手話をマスターして一緒に遊び、信用させたところで悪事に利用する。

カウンセリングを受けさせられたときにも、精神分析医にうまく取り入って正体を隠す。

そして父親のジョンの前でだけは純粋な子どものフリをして良い顔を見せ、母親のケイトには大切にしていた薔薇の花を切るなどの嫌がらせをして、夫婦の仲を分断させていく。

薔薇を切られたケイトは動揺し、エスターの腕を掴む。
その後エスターは万力を使って自ら腕の骨を折り、ケイトのせいにする。

ケイトが何を言ってもジョンは聞く耳を持たない。
あんな幼い子どもが巧妙な罠を仕掛けるだなんて思ってもいないからだ。

それに、ケイトは過去にアルコール依存症のせいで末っ子を池で溺れさせてしまったことがあり、ジョンからあまり信用されていなかった。

エスターは自分が子どもであることを利用して、次々に悪事を働いていく。

ついには長男のツリーハウスに放火して彼に大怪我をさせ、病院の集中治療室で彼を窒息死させようとする。

ケイトはそれがエスターの仕業だと勘付くが、ジョンは信じてくれない。

この映画の最も怖いところはここだ。
本来ならば主人公の味方になってくれるはずの最愛のパートナーが自分を信じてくれないのだ。
家族に危機が迫っている―――いや、今がまさにその危機のまっただ中だというのに、信じて一緒に戦ってくれる味方がいない。
これほど恐ろしいことはないだろう。

そしてその最愛のパートナーは、最終的にはエスターの手にかかり命を落としてしまう。

おそらくエスターの目的はジョンに女として愛されることだったのだろう。
だが、そのためにはケイトが邪魔だった。

そこでまずはケイトの信用をなくすところから始めたのだ。

だがエスターの誘惑にジョンが乗らなかったため、殺してしまった。

彼女が欲しかったものは成熟した男性との性愛だったのだろう。
そう考えると、キッチンでジョンとケイトがセックスしていたのを見たときの彼女の心情がなんとなく理解できる。

エスターは実はホルモン異常による発育不全の33歳の大人の女性である。
さらに精神を病んでいて精神病院に入院しており、過去に七人もの人間を殺したサイコパスだった。

この事実が明かされたときには衝撃を受けたが、それよりもやはり、危機に瀕したときに夫が助けてくれない、自分の言葉を信じてもらえない妻の絶望感の方が心に深く刺さった。

ラストは結局子どもたちは無事で、ケイトもエスターと揉み合いのすえ命を取り留めたが、夫を失った彼女の悲しみは計り知れない。

エスターは凍った湖に沈んでいったが、これでめでたしめでたしとはいかない。

主人公に感情移入して観ていると、これほど恐ろしい物語はそうないだろう。

彼女は最愛の人に信じてもらえないまま、彼を失ってしまったのだから。

エスターの首と手首のリボンや、歯医者に行きたがらないことなど、序盤に散りばめられた伏線も終盤でうまく回収されていて、なるほどと納得させられた。

エスターに同情や感情移入することはできないが、彼女のこれまでの半生を見てみたい気持ちにさせられた。
とても魅力的なキャラクターだ。

ストーリーと演出もさることながら、映像表現も素晴らしい。

特に、エスターの部屋の壁の絵がブラックライトを当てると違う絵になるところは圧巻だった。

彼女の狂気と二面性を言葉による説明なしで、視覚情報だけでうまく表現している。
これを見たジョンが一瞬で彼女が「普通じゃない」ということを理解したのも頷ける。

また、化粧を落としたエスターが特殊メイクで大人の女性の顔になるところも凄かった。

そして、なんといってもエスター役の子役の演技力の凄さ。

表情や目の演技が素晴らしく、本当に中身が大人の女性のように見えてしまう。

また、末っ子のマックスの怯えた表情の演技も良かった。
彼女の可愛らしさだけがこの映画の中で唯一の癒やしである。

この映画の中で残忍に殺された人間はたった二人だけで、ホラー映画にしては少ないのだが、それでも充分に怖かった。
やはり巧みな脚本と演出、そして音楽のおかげだと思う。

映画はこうでなくちゃならない。
やはり映画は面白い、と再確認させられた作品だった。