漫画「チェンソーマン」第1部の批評と感想。

ネタバレ有なので要注意。

「チェンソーマン」第1部が終わったが、まだ興奮冷めやらぬ中、この記事を書いている。
「チェンソーマン」を読んでいて感じることは、とにかく一つ一つのコマが印象的だ、ということである。

スプラッターが激しいからとかそんな表面的なものではない。
もっと内側からくるようなゾクっとする感覚が、ダイレクトに襲ってくるのだ。
こんなに刺激的な作品は生まれて初めてだ。

衝動的に全巻を揃え、何度も見返したものである。
新たな発見が、毎度衝撃と共にやってくる。
まさにスルメ的な作品だ。

この作品を読んでいて思うのが、第1部のテーマとは一体何だったのかということだ。
まだ、物語は未完のため、多くの謎が残っており、考察も後を絶たない。

私は第1部はマキマのための物語だったと思っている。

マキマは、第一部での黒幕であり、デンジの敵だ。
しかし、ただの倒すべき敵ではなく、彼女のチェンソーマンへの歪んだ愛など、その心情は丁寧に描かれている。

デンシは最後、愛を持って、マキマを倒すが、それと同じように確かに作者のマキマへの愛情を感じるのだ。

マキマの正体は支配の悪魔で、自分より程度が低いと思ったものを支配することができる。
マキマの認識次第で対象を支配できるのだからその能力はまさに無敵だ。

更に言うとだ、彼女は漫画の枠を超えて、読者すらも支配しようとしていたのではないだろうか?

思い返してみて欲しい。
マキマの初登場シーン、マキマがデンジの指をくわえるシーン、マキマがデンジに自らの胸を触らせるシーン。

どこを切り取ってみても、読者をドキドキさせ、彼女の一挙手一投足に釘付けになっていることに。

藤本先生にそこまでの思惑があったのかどうかは定かでないが、少なくとも私はマキマに心を支配されてしまったのだ。
これは間違いない。

さて、そこまで強大な力を持ったマキマだが、それと同時に孤独でもある、誰よりも。

周りに数多くの慕ってくれる人に囲まれながらも、彼女の眼には一切光が無い。
それもそうだ、愛があって慕ってくれているわけではなく、ただ自分の力で支配しているだけなのだから。

孤独な彼女が心の底から欲しがったものとは一体何なのか?
そして、「チェンソーマン」第1部で作者が伝えたかったテーマとは何かについて語っていきたい。

マキマとは?

内閣官房長官直属のデビルハンターで、デンジの上司にあたる女性である。
デンジは彼女に惚れている。
赤い髪に、ぐるぐると渦の描かれたような目をしているのが特徴の美人。
性格は、優しく、穏やかだが、場合によっては非情な一面も見せる。
その能力は謎が多く、契約している悪魔も不明。
マキマの正体は支配の悪魔で、自分より下だと思った相手を支配することができる。
死者でも支配し、操ることが可能である。

彼女の目的はチェンソーマンの能力を使って、戦争や飢餓など、なくなったほうが幸せなものを消すことである。
そしてより良い世界をつくることが目的だった。
そのために、チェンソーマンを支配しようと画策していたのだ。

しかし、最後にはデンジに食肉に加工され、食べ尽くされ、その存在を抹消される。
そして、マキマの生まれ変わりとして、ナユタに転生。
デンジと共に暮らすのだった。

マキマが欲しかったもの

マキマが欲しかったものは第1部にて明確に描かれている。
11巻の終盤で、ナユタと共に眠るデンジにポチタが話しかける。

「支配の悪魔はね ずっと他者との対等な関係を築きたかったんだ」
「恐怖の力でしか関係を築けない彼女にとっては 家族のようなものにずっと憧れていた」

彼女が欲しかったものは、自分と対等に接してくれる、家族のような存在だ。

マキマは自分より下か上かしかない世界で、対等な存在と出会えなかった。
何もかも下に見据えて、自分と同じ目線には誰もいない。
自分のそばには誰もいないのだ。

たくさんの従順な犬を飼い、寂しさを紛らわせようとも、そこには主従関係しか生まれない。
人間も悪魔も多くの取り巻きがいたが、全て自分の手の内で踊るおもちゃにすぎなかった。
それは彼女のぽっかりと空いた心の隙間を埋めてはくれなかった。

「家族」を手に入れるために何をしたのか?

マキマは家族がいる理想の世界を作るために何をしたのか?
彼女はチェンソーマンを使って、戦争や飢餓がない理想的な世界を作ろうする。
そうすれば、世界は平和になり、皆家族のように暮らせる世界が来ると。
そのために、ポチタと契約しているデンジの契約を破棄させるため、デンシを思いっきり幸せにしてから、不幸に陥れ、絶望させるという卑劣な作戦を決行した。
公安襲撃も銃の悪魔もすべては彼女のシナリオ通りだった。

しかし、理想とする世界にするためというのは建前で彼女の本音は違うところにあった。
その本音が出ているのが、11巻の終盤、倒したチェンソーマンから抜き取ったポチタに話しかけるシーン。

「これからはずっと一緒です」
「一緒にたくさん食べて 寝て 幸せな生活を送りましょう」

マキマは本当に幸せそうな顔をして、ポチタに語りかけている。
チェンソーマンを倒して支配したいのではなく、ただ対等な家族になってほしかったというのが彼女の本音ではないだろうか?

ただ、チェンソーマン一人いれば他は何もいらない。
そこにはマキマのチェンソーマンに対する歪んだ愛があった。

マキマのチェンソーマンへの歪んだ愛

マキマのチェンソーマンへの歪んだ愛について考えていきたい。

彼女はチェンソーマンのファンだとも語っている。
彼に食べられ、チェンソーマンの一部になることほど光栄なことはないと言っている。
実際にマキマはこの後、チェンソーマンに食べられることになるが、何故、そこまでチェンソーマンにこだわったのか?

気になるのがマキマの
「私は今まで貴方に26回殺されてきました」
というセリフ。
このセリフから察するに、マキマとチェンソーマンの戦いはループしている可能性がある。
そのループに終止符を打ってくれるのはチェンソーマンただ一人。

なのに、マキマはチェンソーマンを倒すことができない。
そして、チェンソーマンは倒したマキマを何故か食べることはしなかった。
そのせいでループは延々と続き、今に至るのである。

倒せないのなら、せめてチェンソーマンに食べられて、このループを終わらせたい。
その思いが、彼に食べられ、チェンソーマンの一部になることほど光栄なことはないと言っている理由につながるのではないだろうか?

しかし、チェンソーマンを倒し、彼を手に入れられそうになった時に、家族を手に入れたと喜ぶ本心がぽろりとでたのではないかと思われる。

第1部で作者が伝えたかったテーマとは?

マキマを孤独から解放することに、このテーマの鍵があると考えている。

11巻の終わり、マキマが理想とする世界をどう作ればよいのかというデンジの問いに、ポチタはこう答えている。

「たくさん抱きしめてあげて」

抱きしめるという行為は無償の愛。
家族愛でもある。
そこに支配という上下はない。
受け入れ、受け入れられる関係であると思う。

「チェンソーマン」には抱きしめるという描写が多く登場する。

マキマとデンジの出会いのシーンで、デンジの「抱かせて」と言うセリフに対してマキマはデンジを抱きしめる。
その表情はとても穏やかで幸せそうだ。
チェンソーマンから抱擁を求められたことが自分を対等に扱ってくれたという喜びにつながったのだろう。

他にもデンジとマキマのとデートの回で、映画を見るが、ここでも劇中抱き合うシーンが流れる。
この映画のシーンを見て、デンジもマキマも涙する。
2人とも家族愛に飢えているからだ。

第1部で作者が伝えたかったテーマは家族愛だと考える。
マキマの孤独からマキマを救う物語。
高圧的な人ほど一番寂しいんだよというメッセージを感じた。

マキマはデンジに、アキとパワーを与え、疑似家族を形成させるが、それを見ているのが羨ましくてしかたなかったのではないだろうか。
マキマがデンジにすべてのカラクリをネタ晴らしする前に、今まで見たこともないほど大笑いするが、これは、デンジを哀れんでいたのではなく、家族が手に入らない自分がみじめで笑えてきたからだと解釈する。

作者はマキマの支配の能力抜きにして、能力が高く、人を見下してしまいがちで、でも誰よりも孤独な存在を描き、それを救いたかったのではないだろうか。
第1部の最後、デンシに抱かれ、よだれを垂らして幸せそうに眠るナユタの顔が何よりの証拠だと思う。

以上が私が読み取った作者の伝えたかったであろうテーマである。

まとめ

漫画「チェンソーマン」第1部の批評と感想を紹介した。

初めて読んだときは、当然のように主人公デンジの物語だと思っていたが、何度も読み返すうちに私は、支配の悪魔、マキマに支配され、彼女にのめり込んでいく。
アニメのPVでデンジの指をくわえるマキマに強烈なインパクトを受けて私はハッキリとマキマに支配されている自分に気づいた。
そして、第1部はマキマのための物語であることに気が付くのだ。

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