漫画「BEASTARS」作中の名言を名シーンと共に紹介。

『BEASTARS(ビースターズ)』は板垣巴留作の漫画で、「週刊少年チャンピオン」で2016年から連載されていた。
瞬く間に大人気となり、書店に大量に平積みされていたのが印象的であった。
友人からオススメされて読んだ時は、毛並みや角などのリアルな動物の表現や詩的なセリフ回しに衝撃を受け、すぐに購入したのを覚えている。

作品の概要は擬人化された動物たちによる群像劇で、肉食動物と草食動物の対立や、恋愛など幅広いテーマが扱われている。
それらが浅く広くではなく、キャラクターの内面に迫り、人に見せたくないような醜い部分まで描き切っているのが非常に良かった点だ。

ストーリーについてだが、主人公であるハイイロオオカミのレゴシが、学校内で起きた食殺事件の謎を追っていく内容となっている。
その過程で個性豊かな動物たちと出会い、傷ついたり、励まされたりしながら成長していく物語である。

動物たちの生き生きとした表情に、『BEASTARS』の世界にどっぷりつかってしまうことだろう。

『BEASTARS』では人間を動物に置き換えて、登場人物に語らせているように思われる。
その証拠に、現代社会に近い恋愛の価値観や、建築物があったりと、共感できるポイントが多く描かれている。

登場人物のセリフは共感できるだけでなく、その真意を考えさせられるものが多くあり、これは一体どういう意味なのだろうと考えさせてくれる。

今回はその中でも、私の心に響いた名言を名シーンと共にご紹介したいと思う。

「僕の脚の一本でもくれてやる条件だったら君はヨダレをたらして引き受けてくれたんだろうけど……」(1巻)

演劇部の新入生歓迎公演のため、夜間に体育館に忍び込もうとする計画の見張り役をレゴシに頼むルイ。
レゴシは、周りにばれることを恐れるが、そんな彼に対してルイが言ったセリフだ。

このセリフの前に「まさかここで断って地味にヒーロー気取りするつもりか?オオカミくん」というセリフが入る。

ルイが完全に自分の草食動物という立ち位置、肉食動物であるレゴシが自分を食べる側であることをわかった上でのセリフである。
それに加えて、どこか芝居のような言い回しも、ルイのカリスマ性を引き立てている。

このセリフが私に強烈なインパクトを与えたのは、肉食は草食を食べるのだという当たり前の事実を思い出させてくれたことにある。
この作品は、学校の生徒であるアルパカのテムが何者かに殺されるシーンから始まる。
テムは犯人に向かって「お前ら肉食獣なんてみんな怪物だ」と言い放つ。
このことから犯人は肉食動物であることがわかるが、それを知ったうえで、ルイのセリフを聞くと、非常に笑えないセリフなのだ。
草食動物は肉食動物にいつ食べられてもおかしくない世界での物語だと、読者に言い聞かせている。

もう一つ大事なポイントが、ルイが「僕の脚」と具体的に言っていることだ。
実際に物語中盤、テム殺しの犯人、ヒグマのリズとの決闘に挑むレゴシを勝たせるためにルイはレゴシに自分の右足を食べさせている。
見事に伏線が回収されているのである。
驚きと同時に何か運命的なものを感じ、ぞくっとしたのを覚えている。

「君が好きだからだよ」(6巻)

隕石祭の点灯式から逃げ出してきたハル。
彼女を追いかけてきたレゴシがハルに言ったセリフだ。

ずっと読者はこの言葉を待っていたことだろう。
なかなか言い出せなかったレゴシにやきもきした読者も多いはずだ。

君が好きだという言葉を伝えることで、物語がクライマックスに向かう作品は多いが、この『BEASTARS』ではそうはいかない。
ここからが二人の始まりなのだ。

街の小さな明かりに照らされた二人。
演劇部の後輩であり、同じハイイロオオカミのジュノの手を取れば、同じオオカミ同士のカップルということで万事物事は上手くいき、点灯式のように派手な灯りが祝福してくれたかもしれない。
しかし、レゴシは彼女を振り切り、ハルの元へ来た。
レゴシとハルを照らすのは街の小さな灯りだけ。
この薄暗くわずかな灯りは、彼らの行く末が前途多難であることを表しているように思える。

しかし、確かに二人は照らされており、かすかな希望があることも示唆している。

「私は今 雄鹿に大恋愛中なの!!リスクなんて怖がってたら振られちゃうでしょ!?」(16巻)

食殺事件が起きた現場付近を通りかかったレゴシとジュノ。
テレビ局の取材で「肉食と草食で共に暮らすリスクについて一言」という質問に答えたジュノのセリフだ。
彼女の爆弾発言に慌てたテレビ局は急いでカメラを止めるのだった。

肉食と草食が一緒にいるのは危険という世間の常識に反発したジュノの魂の叫びである。

この前のシーンで描かれているのが、同族同士のカップルの社会での立ち位置だ。
同族同士のカップルでお店に入るだけでプリンをもらえたり、同族での結婚では純婚金という国からのご祝儀が出たりする。
固有の種を残すのが正義とされる世の中なのだ。

テレビ局の取材に対して、自分の思いの丈をぶつけるジュノの潔さは気持ちの良いものだった。
レゴシもこうだったら良いのにと思うが、彼がジュノのように大胆だったら、物語はいまいち味気ないものになってしまうのではないだろうか。
レゴシがうじうじとあーでもない、こうでもないと悩むからこそ、『BEASTARS』独自のどこかねっとりとした味わい深さが生まれるのである。

「食べて食べられる関係ただそれだけですよ 肉食と草食なんて」(17巻)

ハルが、大学の講師であるメロンが出した「肉食と草食の正しい関係」というレポート課題について彼に語るシーンである。

最初に読んだ時は、寂しいことをいう子だなあと思ったものだが、二回目を読み返してみると、そこには彼女が悩んだ末に導き出した答えを感じとることができた。

肉食動物と草食動物の関係について、彼女がいきついたのは、ハルと普段食べているパスタの関係と同じ、ただ、食べて食べられる関係だったのだ。

肉食獣は狂暴なイメージで、草食動物はひ弱なイメージなどの固定観念に多くの人はとらわれがちだ。

しかし彼女はそれぞれの動物の社会的役割などはすべて枝葉であると考えている。

ハルはそういった細かいことはすべて些細なことで、本質は食べて食べられる関係でしかないと結論づけたのだ。
レゴシという肉食動物との触れ合いが彼女をそう思わせたのだろう。
初対面時に食べられかけた経験も手伝っていると思われる。

そう考えているからこそ、メロンの出すレポートが書けないのだ。

本質は、食べて食べられる関係。
レゴシとの恋愛も、命がけの恋だからこそ、価値があるものだと思っているのである。

「あなたと一生異種族交流したいです」(22巻)

最初にも述べたように、『BEASTARS』は人間を動物に置き換えて、彼らの青春を描いた物語である。

オオカミとウサギ。
肉食動物と草食動物。
一見相いれない存在の二人が、出会い、互いの価値を認め合っていく。
それはどこにでもいる、いたって普通のカップルの姿だ。

生まれた場所も、育ち方もまるで違う二人が出会い、恋に落ちる。
同じ人間ではないのだから、ぶつかるのは当たり前だろう。

その恋愛を動物を使って、表したのだ。

そう強く感じるのがこの場面である。
ビルが立ち並ぶ、駅前。
特徴的な歩道橋がかかっている。
私はこの景色に見覚えがあった。
そう、新宿駅南口である。
多くの人が待ち合わせに使うであろうこの場所がクライマックスに使われているのは偶然ではないはずだ。
共感できる場所をあえて選んだように思われる。

様々な人が行きかうこの場所は、『BEASTARS』という群像劇の最後にふさわしい場所だと言えるのだ。

まとめ

『BEASTARS』には名言、名シーンが多く、選ぶのに一苦労した。
どこも取り上げたかったが、自分の心に刺さったところを抜粋して紹介した。

最後の「あなたと一生異種族交流したいです」は特に気にいっているセリフだ。

人との出会いは常に異種族交流だ。
価値観が違うのだから当たり前だが、違うからこそ、交流する価値があることを忘れずにいたいと思う。

喜びや悲しみ、不安、焦り。
それら含めた「青春」を描き切った『BEASTARS』はぜひとも、多くの方に読んでもらいたい作品だ。

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