映画「悪の教典」の批評と感想。

映画「悪の教典」は、サスペンス映画のジャンルに分類されていることが多々あるが、この作品は紛れもないホラー映画である。
この映画には何の教訓もメッセージ性もない。
ミステリー映画のように謎を解き明かしていく過程もない。
ただただ、サイコ・キラーが人を殺していく様を楽しむための映画だ。
ゆえに、感想が賛否両論に分かれるのも当然だろう。
元AKBの大島優子が試写会で「私はこの映画が嫌いです」と発言し、涙を流しながら退場したというエピソードがある。
ホラー耐性のない人間なら当然の反応といえる。
この映画は、フィクションでの殺戮を楽しめる人向けに作られた映画なのだから。
作中では、それほど過激なゴア描写はないものの、人が(しかも高校生の子どもたちが)どんどん殺されていく。
その様子を涙なしには見られない人もいるだろう。
あるいは恐ろしく、最後もスカッとせずに終わる後味の悪い映画だったと思う人も多いだろう。
それもそのはずだ。
この映画の見どころは「大量殺人の恐怖」なのだから。
高校生たちがそれに立ち向かい、戦って勝利する話ではない。

主人公・蓮実聖司は高校の英語教師であり、生まれながらのサイコパスである。
彼は14歳の頃に担任教師と両親を殺害し、隠蔽工作をして罪から逃れている。
また、アメリカのハーバード大学に入学し、大手企業に就職するといった類まれな頭脳を持ちながら、次々と人を殺し、罪がバレそうになったら帰国して教師になるという経歴を持つ。
教師になった後も、自分の邪魔になる者は自殺に見せかけて殺し、自分に疑いの目が向けられる前に職場を変えている。
そんな蓮実が、今回の舞台となった高校では、最終的にクラスの生徒全員を殺すという暴挙に至る。

蓮実は生徒から「ハスミン」という愛称で呼ばれている人気の高い教師だ。
頭が良くて、一見人当たりが良さそうに見える──これは、サイコパスの特徴でもある。
蓮実はまずは何度も学校に乗り込んでくるモンスターペアレントの家に火がつくよう細工をして焼死させる。
次に、屋上で蓮実が女子生徒とキスしていたところを目撃していた男子生徒を抹殺。
そして、自分の経歴が怪しいと勘付いた教師・釣井と男子生徒を殺す。
このとき、眠っていたり、少ないとはいえ電車内には他にも人がいるのに、蓮実は犯行に及んでいる。
彼は釣井を殴打して気絶させ、吊り革と鞄の紐を使って首吊り自殺に見せかける。
だが、殴打痕を残してしまったのでは、他殺を疑われてしまうのではないだろうか?
このように、蓮実の犯行にはあまり現実的ではない雑な部分も見受けられる。
しかし、これはホラー映画でありエンタメ作品なので、細かいところはいちいち気にしないで見るのが正解なのだ。

次に蓮実は自分と肉体関係を持った女子生徒を自殺に見せかけて屋上から突き落とす。
さらにその現場にやってきた女子生徒をも殺し、最終的にはクラスの生徒全員が信じられなくなり、全員殺すことになる。
ここも少々短絡的といえよう。
美術教師の久米の犯行に見せかけようとしているとはいえ、広い校内だ。
生徒が一人でも外に逃げ出したら終わりだ。
それに、自分は快楽殺人者ではないと言っている蓮実は、自分にとって邪魔な人間を排除しているだけのはずである。
それなのにクラス全員殺してしまうのは、あまりにリスクが高すぎやしないだろうか。
しかしここも、エンタメ作品ということで目をつぶってしまえばいい。
そうやって「できない」理由ばかりを探していては、面白い作品は作れないのだから。
多少のこじつけやご都合主義はフィクションを作るうえでは必要なのだ。

生徒たちが文化祭の準備をしている夜、蓮実は久米の猟銃を持って学校に現れ、次々と生徒たちを撃ち殺していく。
蓮実による校内放送を信じて屋上前の階段に集まった生徒たちは、蓮実の猟銃によってまるでゲームの的のように撃ち殺されていく。
このシーンは演出がとても良かった。
壁に隠れて見えない生徒たちを、蓮実が撃つたびに、血しぶきがあがる。
視聴者には壁の向こうが見えないからこそ、想像力を掻き立てられて、恐ろしい。
見えないからこその恐怖である。
生徒たちはいったいどんな表情で怯えているのだろう。
おそらく阿鼻叫喚の地獄絵図である。

また、屋上に行かず逃げた生徒たちも蓮実に見つかり、次々と殺される。
ここで、ベランダから下に垂らしたロープを蓮実が登ってくるとき、生徒たち側の視点しか映さないのも良かった。
ロープがただ揺れている、それだけで蓮実が登ってきているのがわかる。
だが、今どのあたりまで来ているのかはわからない。
これも、見えないからこその恐怖だ。

また、「grate」「excellent」「magnificent」の英語の使い分け、さすまたやアーチェリー、AEDの録音機能といった、前半に様々に張られた伏線が後半で回収されていくのが気持ち良かった。
さすまたとアーチェリーについてはもう少し活躍してほしかったとも思うが、期待させておいてことごとくその期待を裏切られる絶望感、というのもホラー映画を引き立たせる要素である。

生き残った二人の生徒は、脱出用のシューターに死んだ生徒の遺体を身代わりとして入れて下ろす。
蓮実はその遺体を撃ち、クラス全員を殺したつもりになっていた。
通報を聞きつけ駆けつけた警察官の前で、蓮実は被害者のフリをする。
が、保健室にあったAEDの録音機能が証拠となり、蓮実は手錠をかけられる。
連行されていく蓮実を見て、生き残った女子生徒は「こいつはもう次のゲームを始めてる」と言う。
これは、蓮実が狂人のフリをして精神鑑定で責任能力がないと診断されようとしていることを意味している。
おそらくこのラストのせいで、後味が悪い、悪者に相応の制裁が与えられないのでスッキリしないという視聴者が多いのだろう。
だが、手錠を掛けたまま軽快に踊る蓮実の姿は、あの「悪魔のいけにえ」のレザーフェイスが夕日をバックにチェーンソーを振り回すラストシーンを彷彿とさせる。
ホラー映画ファンから見たら芸術的ですらあるラストシーンと言っても過言ではないだろう。

ただ、猟銃に目が現れて語りかけてくる幻覚は、必要なかったように思う。
蓮実は狂人ではない、共感性に欠け、罪悪感もなく淡々と人を殺すサイコパスなのだから。
幻覚が語りかけてくるというのは、まるで自分の意思で人殺しをしているわけではなく操られているかのようで、おかしいのではないかと思った。
快楽殺人者ではないという彼のセリフとも合わない。
同様に、ラストで生き残った女子生徒の目がカラスのムニンのように白く光る演出も、要らないと思う。
彼は根っからの悪でなければならない。
だが、そこまで深く考えては楽しみが半減してしまう。
なぜなら、本作は、頭を使わず、何も考えずに鑑賞するのに向いているエンターテインメント作品なのだから。
説明不足な部分や突っ込みどころは多いが、面白ければすべて許されてしまうのが、エンタメ作品なのだ。

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